様 式 C*19、F*19*1、Z*19(共通)
1.研究開始当初の背景
数値天気予報や気候予測に用いられている大気の数値予測モデルには様々な上確実性が含まれており、その大きな要因は雲降水過程の表現方法にある。特に将来気候変化予測において、雲降水スキームの上確実性により将来の温度変化(気候感度)に大きなばらつきが生じている。特に、気候研究に重要な雲降水過程として、水雲・氷雲の相変化、氷雲の粒子の形状、降水の蒸発過程等が着目されており、これらに関して観測的・数値的な解決が気象・気候研究の大きな課題になっている。
数値気象モデルにおいて、雲物理スキームを評価改善するためには、観測データによる比較検証が必要である。従来より、数値モデルと人工衛星観測やフィールド観測と比較により雲物理スキームの改善が図られてきた。一方、局地的な稠密なリモセン観測による雲物理スキームの比較検証は十分に行われていなかった。
関東圏では、現業機関や研究機関の多様なリモートセンシング観測網が整備されており、いわゆるスーパーサイトを凌駕した、観測的な「ウルトラサイト《としての性質を有している。2011*2013年に実施された観測プロジェクトTOMACSでは、関東圏に設置されたリモセン観測データを利用した同化実験が実施された(図1; Iwai et al. 2018)。2024年5月に打ち上げられた雲エアロゾル放射ミッション地球観測衛星EarthCARE(Earth Cloud Aerosol and
Radiation Explorer)の地上検証のため、NICTサイト(小金井市)、NIESサイト(筑波市)には多周波ライダ等の機器が設置され、また、JMA(柏市)の偏波レーダ等の現業観測データ他、ウィンドプロファイラや複数のフェーズドアレーレーダが稼働しており、これらの観測網を包括的に利用することで、関東圏に発生する積乱雲等の雲降水システムの時空間的に稠密な観測が可能となっている。このような多様な観測網による観測データを、数値モデルの上確実性の低減に利用可能な状況にある。
図1:関東圏ウルトラサイトの主要サイト。矩形は領域計算の範囲。NICT:情報通信機構、NIES:国立環境研究所、MRI:気象研究所、AORI東京大学大気海洋研究所、JMA:気象庁気象大学校。
2.研究の目的
本研究では、関東圏ウルトラサイトの観測を高解像度数値モデルと比較検証し、数値モデルの雲降水過程の評価、雲物理スキームの改良により、数値モデルの上確実性を低減することを目的とする。関東圏の現業的なリモセン観測データに加えて、人工衛星の地上検証に整備されつつあるリモセン観測データを包括的に数値モデルの検証データとして用いる。関東圏を対象としたラージ・エディ・シミュレーション(LES)を含む高解像度数値シミュレーションを、バルク・ビンの複数の雲物理スキームを用いて実施し、観測データによる比較検証を通じて、モデルの改良を行う。関東圏の雲降水システムの雲物理的な特性を明らかし、数値モデルの比較検証改良への利用により、人工衛星観測、地上観測、数値モデルの連携基盤を確立する。
3.研究の方法
本研究では、領域スケール実験から全球実験までを同一のモデルで計算可能な全球非静力学モデルNICAM(Non-hydrostatic Icosahedral Atmospheric Model)とASUCA(A System based on a Unified Concept for Atmosphere)とSCALE(Scalable Computing for Advanced
Library and Environment)による領域モデルを比較利用する。NICAMは、水平格子間隔を一様に細かく(格子間隔数km程度)とることで、全球にわたってメソシステムを直接解像した実験が可能である。また、メッシュを一部領域に集中させたstretch
modelとして利用することで日本域等の局地的な気象現象を詳細に表現する領域モデルとして利用することができる。さらに、メッシュ構造の一部領域
(ダイヤモンド領域)を切り出したモデルとしても利用可能で、安価な計算資源で高解像度(格子間隔100m)のLES等の実験を行うことができる。NICAMは、統一したプログラムコードのもとで同一の力学・物理スキームを有しており、モデルの設定条件を切り替えることで領域モデルと全球モデルを切り替えて利用することが可能である。領域実験で検証・改良を行った結果を、直ちに全球実験として利用することができる。関東圏ウルトラサイトの観測データによりNICAM領域実験の結果を比較検証し、物理スキームの改良を行う。その結果は直ちに全球版NICAMに利用可能であり、全球の雲降水過程・気象気候研究に活用することが可能であり、領域スケールの観測による比較検証改良の結果を用いた気候感度や全球の雲分布へのインパクトを明らかにすることができる。本研究により、人工衛星観測、地上観測、数値モデルとの連携研究の高度化を図り、様々な観測結果を数値モデルに活用する手段を確立することにより、気象気候モデリングの革新的な発展につなげることが可能となる。
4.研究成果
(1) 首都圏大気環境観測ウルトラサイトにおける数値モデルと観測データの連携研究プロジェクト
ULTIMATE(ULTra-sIte for
Measuring Atmosphere of Tokyo Metropolitan Environment)について解説する。これは、首都圏の多様な観測データを用いて、数値モデルの雲微物理スキームを評価するものである。本プロジェクトを通じて、特にEarthCARE衛星の地上検証のために強化された観測データを含めて、現業利用や研究のための東京圏の様々なリモートセンシングや現場観測データを利用することができる。本研究では、気象庁が運用する二重偏波ドップラー気象レーダーの利用に焦点を当てる。数値モデルとしては、シングルモーメント(SM)とダブルモーメント(DM)の雲微物理スキームを持つ複数のモデルを用い、NICAM、SCALEによる領域モデルを比較利用した。特に、NICAMは全球モデルとしても領域モデルとしても利用できるため、改良したスキームが気候場に与える影響や気候感度の評価を全球規模で直ちに試すことができる。
本研究では、観測シミュレータを用いた二重偏波ドップラー気象レーダーによる数値モデル評価手法を紹介し、数値モデル結果と観測結果(図2)を比較した。特に、地上付近の下層における雨や融解層直上の大きな氷粒子のシミュレーション結果を評価する。NICAM-DMを用いたシミュレーションでは、観測と同程度の雨の偏波レーダ特性を再現することができた。しかし、NICAM-SMとASUCA-SMを用いたシミュレーションでは、強い雨域では観測と比較して雨粒の大きさが大きくなっていた。高度4km付近の融解層直上の大きな氷粒子については、NICAM-DMとASUCA-SMは霰や雪の粒子サイズを過大評価していることがわかった。今後の研究では、今回の結果を用いて雲微物理スキームを改良し、全球モデルでの検証を行う。
本成果は、Satoh et al. (2022)
として論文に出版された。
(2) 2019年に首都圏に上陸した台風Faxai
(房総半島台風)の二重偏波ドップラーレーダー観測データを用いて、数値気象予測(NWP)モデルの境界層(PBL)乱流スキームの検証および感度試験を行った。FaxaiのPBLと二次循環構造について、シミュレーション結果とレーダー観測結果を比較した(図3)。PBLスキームとして、レイノルズ平均モデル、グレーゾーンモデル、LESモデルの3種のスキームを用いた:Mellor-Yamada-Nakanishi-Niinoレベル3(MYNN3)スキーム、Anisotropic
Deardorff Model(ADM)スキーム、Deardorff
(DDF)スキームである。DDFスキームを用いたグレーゾーンシミュレーションでは、乱流の運動エネルギーが最も小さく、地表付近の中心向き速度が最も速かった。このシミュレーションでは、また、PBLの厚さと二次循環の構造が観測値に最も近く、観測値よりもスケールの大きい水平ロール構造を再現した。MYNN3スキームとADMスキームを用いた実験では水平ロールは解像されなかったが、パラメータ化された乱流は水平ロールの効果を反映していると考えられる。この場合のPBLの厚さは観測値よりも高かった。
以上の結果は、MYNN3スキームとADMスキームが、今回のような250mグリッドのシミュレーションには適していないことを示唆している。このことは、MYNN3スキームとADMスキームが今回のケースの250mグリッドのシミュレーションには適していないことを示唆している。これらの結果は、DDFスキームを用いた50mグリッド間隔のLESに対しても確認された。本研究はグレーゾーンにおけるBLスキームの特性の解釈に洞察を与えるものである。
本成果は、Ikuta et al. (2022)
として論文に出版された。
(3) EarthCARE衛星の雲プロファイリングレーダー(CPR)は、雲降水粒子の終端速度の鉛直空気運動に関連するドップラー速度を観測する新しい機能を持つ。宇宙からの新しい観測は、モデルの評価と改良に利用される。EarthCAREの打ち上げ前に、CPRデータをモデル評価に利用するための方法論を開発する必要がある。本研究では、EarthCAREのCPRと同様の機器設計を持つ地上CPRを用いて、日本上空における全球非静力学モデルの拡張版によるシミュレーションデータの評価を行った。2つの雲微物理スキームを用いて、2019年9月の降水イベントの異なる2つのケースを選んだ。ドップラー速度を用いた微物理評価の分類法を導入する。その結果、雲降水粒子の液相と固相がドップラー速度で区分され、モデルによる雨、雪、霰のカテゴリの終末速度が観測値で評価できることが示された。また、降水ケースへの依存性よりも、微物理スキームの選択がより大きな影響を与えることを示した。
衛星シミュレータを用いたEarthCAREのようなシミュレーション結果の応用について議論した。
本成果は、Roh
et al. (2024) として論文に出版された。
<引用文献>
Ikuta,
Y., Sawada, M., Satoh, M., 2022: Determining the impact of boundary layer
schemes on the secondary circulation of Typhoon FAXAI using radar observations
in the gray zone. J. Atmos. Sci., 81, 961–981.
https://doi.org/10.1175/JAS-D-22-0169.1
Iwai,
H., Ishii, S., Kawamura, S., Sato, E., Kusunoki, K., 2018: Case study on
convection initiation associated with an isolated convective storm developed
over flat terrain during TOMACS. J. Meteor. Soc. Japan, 96A, 3-23.
Roh, W. Satoh, M., Hagihara, Y.,
Horie, H., Ohno, Y. and Kubuta, T., 2024: An
evaluation of microphysics in a numerical model using Doppler velocity measured
by ground-based radar for application to the EarthCARE
satellite. Atmos. Meas. Tech., accepted.
Satoh,
M., Matsugishi, S., Roh,
W., Ikuta, Y., Kuba, N., Seiki, T., Hashino, T.,
Okamoto, H., 2022: Evaluation of cloud and precipitation processes in regional
and global models with ULTIMATE (ULTra-sIte for
Measuring Atmosphere of Tokyo metropolitan Environment): A case study using the
dual-polarization Doppler weather radars. Progress in Earth and Planetary
Science, 9, 41. doi:10.1186/s40645-022-00511-5