古気候変動力学の創成
-地球史の気候・生態系変動メカニズム解明に向けて-

概要

地球表層圏変動研究センターが全所的な連携のもと古気候モデリング研究を推進し、気候および地球システムの変動メカニズムの理解に資する新たな学術基盤を形成し、大気、海洋および地球表層圏生態系に関わる喫緊の学術的・社会的要請に応える。

 

事業の必要性

目的・目標

近年の急激な地球温暖化に匹敵する気候変化は、過去の地球史においても起きていたことが地質学的なデータから分かっているが、そのメカニズムについては不明であった。大気海洋研究所は、独自に開発した数値モデルを用いて、今から約100万年前に始まった約10万年周期の氷期・間氷期サイクルの再現に世界で初めて成功し、二酸化炭素によるフィードバックがサイクルの増幅に関連していることを示した。しかし、約100万年以前はより短期かつ小振幅の氷期・間氷期サイクルしか存在せず、将来の気候変化を正確に予想するためには、それらの変動も含めた統合的なメカニズムの理解が必須である。このため、古気候変動を統合的に理解するための古気候変動力学創成を目指す。統合的な気候変動メカニズムの理解のためには、大気と海洋の相互作用についての理解が必須であるとともに、気候変動による生態系への影響、そして生態系からのフィードバックを明らかにし、地球システムの変動メカニズムの全貌を解明していく必要がある。本事業は大気海洋研究所が取得する多様な観測データと最新の解析技術を駆使して研究新領域を築き上げて行くとともに、新しいサイエンス創出を担う若手研究者の育成を目指す。

必要性・緊急性

温室効果ガスの増加による温暖化の進行にともない、豪雨や干ばつなど極端現象の頻発や、氷床融解による海水準上昇など、社会影響の極めて大きい気候変化の顕在化が懸念されている。さらに、人為起源の二酸化炭素はひとたび大気中に排出されると、海洋に吸収され、地中に戻るまでに数万年〜数10万年の時間を要する。このように、気候システムは非常に長期間をかけて応答をするため、排出削減を遅らせるほど後世にもたらす影響も大きいことが、2013年に公表されたIPCC第5次評価報告書でも示されている。国際的協調のもとで排出に関する安定化目標を策定していくには、気候システムの根本的理解が欠かせない。本事業はこうした国際的貢献に必須であるばかりでなく、海洋基本法第四条に謳われている「海洋に関する科学的知見の充実」に向けての施策に大きく貢献するとともに、海洋生物資源の利用や生物多様性保護などの問題へ対処していく上で必要不可欠な国家的急務である。

独創性・新規性等

気候変動の本質的理解には、過去に実際に起きた気候変動を数値モデルで再現し、地質学的データとの比較・分析を進めることによって気候システム応答やシステム内部の相互作用について根本的な理解を得ることが前提となる。また、人類の脅威となりつつある地球レベルの様々な問題の解決には最新の全球観測技術、高解像度の分析技術、数値モデリング技術などを機能的に組み合わせ、関連分野の研究者が連携して対応していくことが必須である。本事業のように、過去の気候変動、地質変動、環境変動、さらにそれに生物進化過程を組み合わせて統合的に解読していくアプローチは極めて独創的であると同時に、気候モデル開発能力と高度な観測能力を併せ持つ当研究所においてはじめて可能になる。また、観測データ、分析データとモデルを有機的に結び付けるための研究基盤を整備することで、世界のトップを走る研究成果を出し続けることが期待される。当研究所は、学術研究船や附属の研究センターを駆使して、海洋研究の専門家や気候モデル開発の人材育成を担いうる我が国での唯一の機関であり、現在までに多くの研究者を輩出してきた実績があり、我が国でもっとも効率的、効果的に本事業を展開できる。

共同利用・共同研究の規模等

平成26年度における地球表層圏変動研究センターが関与する共同研究は約35件、200人規模であり、そのうち古気候に関するものは5件30人である。今後、古気候変動に関して共同利用-共同研究15件、延べ人数150名が見込まれる。

 

事業の取組内容

全体計画

本事業で推進する古気候モデリング研究では、大気海洋研究所で開発してきた大気や海洋の数値シミュレーションモデルを拡張発展させ、大陸氷床や海洋深層循環、気候システム内をめぐる炭素などの物質循環等を組み込んだこれまでよりはるかに長い時間スケールでの気候システムの応答特性を調べるのに相応しいモデルを構築し、これを用いて氷床コア、堆積物等から得られた観測データを説明する新しい古気候学を展開する。同時に、古気候学を現代と未来に繋げ、さらに人間活動の影響を評価して様々な問題解決に繋げていくため、新たな全球物質循環モデルの構築による気候変動と海洋生態系の相互作用の解析、数kmスケールから全球までを統一的に扱う高解像度大気海洋結合モデリングによる大気海洋の相互作用の解明、さらに最新の化学分析と遺伝子解析、バイオインフォーマティクス技術とを組み合わせた生命と環境の共進化プロセスの解明について集約的に研究を進める。これらの研究の有機的連携を通じて地球システムの変動メカニズムの全貌を明らかにするための研究新領域を確立する。また、これらの学術的活動を通じて次世代の研究者の育成に努める。

進捗状況

【当初計画に対する進捗状況】

平成28年度

・実施計画

H28年度の計画としては主に以下の3点を設定している。まず、極域の氷床は気候変動の影響を受けて発達と崩壊とを繰り返してきたと同時に、棚氷は氷床流動をコントロールしている重要な要因である。化学分析と棚氷のモデルでそのプロセスの解明を行う。第二に、レーザー照射試料導入装置を併設した誘導プラズマ質量分析装置を用いた魚類の耳石分析法を確立し、これを魚類に適用する。第三に、メタゲノムおよび全ゲノム情報から、バイオインフォマティクス技術を用いて海洋微生物群集の中の特定機能遺伝子群の検出と解析の手法を確立し、光応答関連遺伝子を対象に、その適用を試みる。

・実施状況

第一の課題については、ロス棚氷に着目して加速器質量分析装置を用いた年代測定と棚氷のモデリングを用い、縄文時代に大規模な崩壊があったことを明らかにした。第二の課題については誘導プラズマ質量分析装置を用いた新たな魚類の耳石分析法を確立し、これをインド沿岸のナマズ試料への適用を試み、その生態を明らかにしつつある。第三の課題については、全ゲノムおよびハワイ沖のアロハステーションのプロテオロドプシン関連遺伝子の探索を中心に検討を進めている。

今後の事業の展望

現在のところ、地球表層圏変動研究センターの教員を中心にして当初予定通りに順調に研究を進めており、展開が期待できる。さらに、大学院学生を含む若手研究者とともに研究を進め、人材育成にも貢献していく予定である。

 

大学の機能強化に関する観点

重点支援の方向性

卓越した成果を創出している国内外の研究機関等と連携して、国際的に顕著な成果を創出するための活動

強化に関する内容

2010年に旧海洋研究所と旧気候システム研究センターが統合して大気海洋研究所となった際に地球表層圏変動研究センターが設置され、研究所内の基幹研究分野と協力しつつ、観測と高精度分析技術を基礎にした学際的な研究を通じて大気、海洋科学に関する多くの国際的成果を挙げてきた。また大気海洋研究所は大気海洋モデルを独自に開発し、最先端の気候モデルを開発してきた国内唯一の大学附置研究所で、人材育成機能を有する機関としては国際的にも殆ど例がない。さらに、こうした研究は多くの国際共同研究やプログラムの一環として推進され、そこから多くの業績が挙げられてきた。これらの実績に立ち、本事業では地球表層圏変動研究センターが新たに古気候モデリング研究を推進し、これに他の研究分野が全所的に協力するとともに、これまでの国際的な活動をさらに拡充していく形をとる。このような体制は研究分野ごとに縦割りされた既存の学部・研究科ではほぼ不可能と言える。また、こうした学際的研究を通じて新たな学術融合領域を創成し、そこから国際的に顕著な成果を挙げていくことで、グローバル化が顕著な古気候変動研究の分野において本センターが主導的役割を果たす。さらに、複合的なサイエンスを通じて次世代の大気海洋科学を担う若手研究者を育成し、大学の機能強化に寄与する。

 

事業の実現に向けた実施体制等

実施体制

本事業は、地球表層圏変動研究センターが上記連携機関と連携を取りながら推進し、研究所全体で支援する。また、学術研究船、陸上施設および気候システム研究装置を用いた共同利用・共同研究事業や学際連携研究を公募により募集し、オールジャパン体制で推進する。

工夫改善の状況

本事業は、地球表層圏変動研究センターが中心となり、そこに、基幹分野(気候システム研究系、海洋地球システム研究系、海洋生命システム研究系)と3センター(国際連携研究センター、国際沿岸海洋研究センター、高解像度環境解析研究センター)が協力し、学術研究船や数値モデル資源を活用して、全所的な体制で実施する。特に高解像度環境解析研究センターはNanoSIMS, AMSなどの分析機器を駆使し、サンゴや海底堆積物などから復元する環境データ提供で支援し、国際連携研究センターは研究の国際展開を支援する。

評価指標等

・「世界最高水準の研究」「連携・ネットワークの構築」への取組:古気候変動に関する共同研究は5年間で件数15件、延べ人数150人を目標とする(現状はそれぞれ5件、30人)

・「世界最高水準の研究」「国際的な存在感を高める研究」への取組:知識連携プラットフォームの構築に関するハイインパクト論文を出版する。6年間で論文総数20報、うち国際共同研究による論文数10報を目標とする(現状はそれぞれ7報、4報)。

 

事業達成による波及効果等(学問的効果、社会的効果、改善効果等)

・長期的な気候変動理解に不可欠な様々なモデル群(氷床、植生、物質循環、同位体等)を開発導入し、多次元的な時間スケールでの気候変動の理解を目指した融合分野としての古気候変動力学を創成、展開する。

・これに大気海洋マルチスケール相互作用、気候変化期における物質循環と生態系変動、生命と環境の共進化という3課題の研究を有機的に連携させ、地球システムの変動メカニズム解明のための研究新領域を創成する。

・大気、海洋に関する国際的に顕著な成果を挙げるとともに、複数の国々の協力が不可避な地球レベルの緒問題の解決の場で先導的な役割を果たし、我が国のプレゼンスを強固なものにする。

・高精度のモデリング構築を通じて将来予測を可能にするとともに、大気海洋が関わる様々な地球規模の問題解決への道筋を提示し、その科学的根拠を明確化する。

・地球環境に関わる研究者、専門家を育成するための教育制度の確立に貢献する。

・文明史、人類史、生命史研究等様々な分野に情報提供することにより、新たな学際的共同研究へと展開する。

 

これまでの取組実績

大気海洋研究所では、2010年4月の統合に伴い設置した地球表層圏変動研究センターが中心となり「地球システム変動の統合的理解-知識連携プラットフォームの構築」を推進し、観測とモデリングの連携のもとに気候と海洋生態系の変動の解明を目指した研究を展開してきた。また2014年度より「高解像度環境解析研究センター」を設置して最先端微量分析技術を駆使した海洋生物の行動履歴や近過去環境復元に関する研究を推進してきた。具体的には大気モデルや海洋モデルとこれらを結合した世界有数の気候モデル(MIROC)が開発され、将来予測に資する研究や異常気象解明が行なわれてきた。また、世界に先駆けて、気候モデルと氷床モデルを組み合わせて氷期サイクルを再現することに成功し、その変化の要因やしくみを説明する成果を挙げた。さらに、気候が非常に小さな外的要因に反応してしまう、敏感度の高いシステムの応答特性を持つ事が氷期サイクルの発現に重要であることを実験的に示した。