概要

オーシャンDNA、すなわち海水中に含まれるDNAなどを解析することで、海洋における微生物から大型生物に至る生物の群集構造、生理状態、その時空間的変動を明らかにし、持続的な水産業や海洋保護区設定に貢献するとともに、オーシャンDNAデータベースという新しい共同利用の基盤を整備する。

 

事業の必要性

目的・目標

海のどこにどのような生物がいて、何をしているのか、さらにそれらが環境要因に応じて時空間的にどのように変動しているのか、これを図示したものを多次元生物海図と称する。この海図は現在殆ど空白のままであるが、オーシャンDNA(環境DNA)、すなわち海水中に含まれる生物組織片や細胞等から抽出したDNAを解析することで、これを埋めることが可能になってきた。
そこで、研究船を用いて北西太平洋域の採水を年間を通して行い、オーシャンDNAを解析して微生物から大型生物に至る生物群集構造の全体像と変動を時空間的に明らかにする。さらにはDNAの情報を転写したRNAやホルモンの解析を通じて、海洋生物の成長・生殖・ストレス状態の推定を行う。これらの解析から摂餌・繁殖回遊など海洋生物資源の時空間変動や、環境変化に対する適応・ストレス応答を明らかにし、再生産プロセスの推定を行う。温暖化など環境変動の影響を確認しつつ、長期的に海洋を利用し、食料資源を確保することに貢献する。また、多くの未知遺伝子を含むオーシャンDNAデータベースを公開することで、わが国の共同利用・共同研究とオープンイノベーションを推進する。

必要性・緊急性

我が国において海洋生物は貴重な資源であり、その持続的利用のためには海洋における生物群集構造ならびにその時空間的変動を理解することが必要不可欠である。これまでも海洋の物理化学的環境調査や生物採集調査により情報の収集が図られてきたが、微生物からプランクトン、大型資源生物に至る包括的な生物群集調査の必要性が示されていた。加えて、温暖化の進行や海洋酸性化などの全球レベルの環境変動は海洋生物群集に大きな影響を与え、その結果として水産資源生物の回遊や分布、資源量にも顕著な変化が生じてきている。したがって、海洋生物群集構造を包括的に調査し、その時空間的変動ならびに環境要因による影響を評価し、将来の水産資源の変動を予測することは喫緊の課題であり、その基盤的技術としてのオーシャンDNA手法を確立してデータベースとして維持することは、全国共同利用・共同研究拠点である東京大学大気海洋研究所が果たすべき役割である。海洋基本法第四条に謳われている「海洋に関する科学的知見の充実」に向けての施策にも大きく貢献し、生物多様性保護などの問題への対処にも必要不可欠である。

独創性・新規性等

本事業は、近年技術開発が急速に進みつつある環境DNA解析技術を利用するものであるが、これまでのように河川や沿岸で特定種の検出を目指すものではなく、研究船を用いて北西太平洋域という我が国にとって極めて重要な海域において包括的に調査研究を行うところに独創性と新規性があり、生物採集調査の革命である。また、DNAによる群集調査にとどまらず、RNAやホルモンの解析を加えることで、海洋生物の成長・生殖・ストレスといった生理状態の把握や、環境要因に対する生物の応答にも言及するところに大きな特徴がある。

共同利用・共同研究の規模等

本事業で行う共同利用・共同研究には、学術研究船によるものと陸上研究施設によるものがある。前者は学術研究船白鳳丸・新青丸を中心とする研究航海において実施するものであり、年間350−400日の運行日数を数える。現場設置型連続採水器や大量ろ過システムも稼動させ、可能な限りの航海で協力を依頼して採水調査を行う。後者は柏キャンパスの研究施設を供するもので、外来研究員制度に基づく共同研究による。環境DNAの基礎的情報を得るための飼育実験施設、次世代シーケンサーを供する遺伝子実験施設に加え、環境DNA分析に伴う種同定には当研究所で開発・公開している魚類ミトコンドリアデータベース(MitoFish)と微生物16S rDNAデータベース(MetaMetaDB)が貢献する。得られた環境DNAデータも、新たなデータベースとして整備し、コミュニティーだけでなく広く公開する。白鳳丸・新青丸以外の研究航海における採水サンプルを持つ研究者の共同利用も受け入れ、年間50名程度が想定される。

 

事業の取組内容

海洋にはどのような生物が、どこにどの程度いるのか。水産資源となる大型生物だけでなく、その餌ともなり海洋生態系を支える微生物やプランクトンを含めた包括的な海洋生物群集構造の理解、そしてそれらが季節や様々な環境要因によりどのように変化するのか。これまでの生物採集による調査では、そのごく一部の理解にとどまってきた。近年の生物採集革命とも言える環境DNA解析、すなわち環境水に残存するDNAの分析により微生物から大型資源生物までを一度に解析することで、上記の問題を解決し、包括的な海洋生物群集構造とその変動を理解する。試料収集には大気海洋研究所の国際沿岸研究センターならびに白鳳丸・新青丸による研究航海が、DNA分析には大気海洋研究所が開発・運用する魚類ミトコンドリアならびに微生物データベースが貢献する。大気海洋研究所のセンター・基幹分野が連携することにより、RNAやホルモンの分析により生物の生理状態や環境変動に対する応答の理解、機能未知遺伝子の解明による有用遺伝子資源の同定と利用も進める。得られた情報はデータベース化して国内外の研究者の利用を図るとともに、変動モデルとして可視化(海図化)し、温暖化や海流の変動への応答、種多様性や資源量の将来予測にもつなげる。並行して、船舶における連続大量ろ過システムや、DNA自動分析システムの開発にも着手し、さらなる事業展開を目指す。これらの活動を通して若手研究者を育成し、共同研究を通して国内外の研究者と連携を強めることは、次世代の大気海洋研究の推進に大きく寄与する。

 

大学の機能強化に関する観点

重点支援の方向性

卓越した成果を創出している国内外の研究機関等と連携して、国際的に顕著な成果を創出するための活動

強化に関する内容

2010年の大気海洋研究所設立とともに、海洋研究と気候研究のシナジーの場として地球表層圏変動研究センターが設置され、観測と分析、モデル化を基礎とした学際的な研究成果をあげて来た。本事業は同センターの生物遺伝子変動分野が中心となり、所内では海洋生命システム研究系の基幹研究分野、さらには学内外の様々な共同利用・共同研究を通して展開する。外洋・沿岸における試料採集では国際沿岸研究センターや学術研究船の共同利用提案と連携し、さらには柏キャンパスの外来研究員公募ならびに公募型の「学際連携研究」において本事業に関係する研究提案枠を設置し、共同利用・共同研究拠点としての機能強化を図る。本事業で整備する多次元生物海図に、進行中の「古気候変動力学の創成」プロジェクトによる地球システム変動モデルを将来的に統合させることで、海洋生態系と資源変動の包括的理解が可能となり、オーシャンDNAデータベースやその変動予測モデルなど共同利用・共同研究に新しい機能を付加して機能の向上が可能となる。データベースやモデルの整備は人類が利用可能な生物資源量を見積もり、その持続的な利用の道筋を提供することで、社会的な波及効果も期待される。またこのような活動を通して若手研究者の育成を促すとともに、組織や人材の流動性を高める原動力ともなる。これらの活動を通して大学全体の機能強化、国際競争力の向上に貢献する。

 

事業の実現に向けた実施体制等

実施体制

本事業は地球表層圏変動研究センターの生物遺伝子変動分野が中心となり、研究所全体で推進する。学術研究船と陸上施設の共同利用・共同研究事業や学際連携研究の公募事業に本事業の応募枠を設ける。諸大学、附置研究所海洋ネットワーク、独立行政法人、国立研究開発法人などを含むオールジャパン体制で推進する。また、機器の保守、観測や分析の技術的支援は、本所の技術職員を集結した共同利用共同研究推進センターが行う。

工夫改善の状況

本事業は地球表層圏変動研究センターの生物遺伝子変動分野が中心となり、研究所全体、特に海洋生命システム研究系の基幹研究分野と国際沿岸海洋研究センターが密接に協力しながら進める。技術職員組織である共同利用・共同研究推進センターを平成22年度に設立し、船舶観測ならびに陸上研究における技術提供を行っており、本事業においても学術研究船や沿岸施設での採水作業や陸上施設を用いるDNA分析などに大きく貢献する。また、生物遺伝子変動分野で雇用する特任研究員が実務的な中核を担い、平成29年度からは学内予算で「オーシャンDNA研究」の推進研究費も手当てしている。公募事業として学際連携研究を毎年行っているが、地球表層圏変動研究センターが中心となり計画的に推進する特定共同研究枠を設けており、平成30年度公募からは「オーシャンDNA」を中心課題の一つとする。また、全国の海洋関連研究施設(海洋関連大学および学部、大学臨海施設、水産試験場、水産研究所、増養殖関連施設等)との連携体制については、学術領域提案「マリンビジョン・ネットワーキング計画」(日本水産学会より提案)においても研究拠点形成の提案を進めている。大気海洋研究所は実施機関としてその中核を担うことを想定しており、オーシャンDNAはその拠点事業のひとつとされている。

評価指標等

査読論文数や国際会議での基調講演・招待講演数といった大学全体の指標に加え、国際共著論文数、所外共著論文数、他機関との連携、研究船での観測も部局独自の指標として設定する。具体的には、研究所全体では過去5年間の平均で100本/年、地球表層圏変動センターでは14報/年の国際共著論文が出版されており、本事業の成果としてこれに年5報を上乗せし、国際会議での基調講演等は2回/年を目標とする。若手育成のための活動指標として、国内の海洋科学系学部や水産系研究機関との連携活動を5件/年、研究船での観測に携わる大学院生とPDを10人/年を目標とする。研究船での関連研究応募採択を5件/年、外来研究員(柏、大槌)の関連研究応募採択を5件/年、学際連携研究公募における関連研究応募採択を3件/年を目標とする。

 

事業達成による波及効果等(学問的効果、社会的効果、改善効果等)

学問的効果

「オーシャンDNA」は海洋環境中に分布するウイルス、微生物、動植物プランクトン、魚類を含む膨大な生物群を網羅的に扱う。近年進められつつある河川や沿岸での特定魚種の検出を目指したものではなく、研究船を用いて北西太平洋での4次元サンプリングを行い、DNA, RNA、ホルモンの新たな濃縮・解析法を確立することで、海洋生物群集構造の時空間的変動という広大なスケールの情報集積が可能となる。さらに、オーシャンDNAデータベースを公開することにより、未知遺伝子の利用や新しい資源管理に関して開かれた共同利用・共同研究の場を提供する。現在進行中の「古気候変動力学の創成」プロジェクトによる地球システム変動モデルと将来的に統合させ、オーシャンDNAデータベースやその変動予測モデルなど海洋生物の分類、生態、生理、資源、物質循環など諸学問領域に基盤的な情報を提供するとともに、海洋生物に関わる研究全体を強力に底上げすることが期待される。

社会的効果

オーシャンDNAデータベースやその変動予測モデルを通した海洋生物の分布、存在量、時空間的変動に関する情報は、人類が利用可能な生物資源量を見積もり、その持続的な利用の道筋を提供する。学術研究機関と水産業関連組織との連携、北西太平洋の資源を共有する国々との国際連携の確立につながる。また、未知遺伝子群の機能解明により、新たな有用物質の発見やその工業的生産などが期待できる。特に、光関連遺伝子については、新たなOptogeneticsへの応用が有力視される。

 

これまでの取組実績

大気海洋研究所では、2010年4月の統合に伴い設置した地球表層圏変動研究センターが中心となり「地球システム変動の統合的理解」を推進し、観測とモデリングの連携のもとに海洋生態系の変動の解明を目指した研究を展開してきた。生物遺伝子変動分野では次世代シーケンサーやバイオインフォマティクスを駆使して、ゲノム進化、環境・生態系オーミクス研究を進めており、研究航海により得られた海水サンプル中のメタゲノム解析では多くの成果を得ている。一方で、大槌の国際沿岸研究センターでは湾内の生物相や重要な水産資源であるサケの行動生態生理の解明を目的として環境DNA解析を進めている。本事業はこれまでの取組を基礎として、北西太平洋を中心とする外洋における生物群集の包括的調査研究を進めるものであり、平成29年度には学内予算で本事業推進に向けての取組を開始している。