論 文


2020年7月に発生した熊本県球磨川の氾濫を引き起こした
線状降水帯の半日先予測に成功

2021年2月19日
川畑拓矢(気象研究所/気象業務支援センター)
PDFファイル

発表者

・Le Duc1,2
・川畑拓矢2
・斉藤和雄1,2,3
・大泉伝1,2
1:気象業務支援センター、2:気象庁気象研究所、3:東京大学大気海洋研究所

成果概要

 「令和2年7月豪雨」と名称が定められた約1ヶ月に及ぶ一連の豪雨は、土砂崩れ・河川氾濫などで死者84名となる激甚災害をもたらしました。なかでも被害の大きい2020年7月4日5時すぎに発生した熊本県球磨川の氾濫を引き起こした線状降水帯を対象に、スーパーコンピュータ「富岳」を用いて、発生12時間前からの予測を試みました。その結果、強い雨に対する予測が高精度であったこと、また氾濫発生前12時間の積算降水量に対する予測確率が高いことが示されました。これらの結果は、高い信頼度を伴って12時間先まで続く強雨を予測できることを意味しており、効果的な避難行動に結びつくことが期待されます。

発表内容

 未来の天気を予測するためには、気象予測モデルによるシミュレーションを実行する必要があります。その予測精度は、予測モデルそのものと、シミュレーションを開始する初期値(現在の大気状態)に大きく依存しています。またモデルの予測には必然的に誤差(不確実性)が存在します。この誤差は日々の気象場に応じて変化することがわかっており、特に線状降水帯をもたらすような不安定な大気状態では、不確実性を定量的に評価することが予測情報を利用する上で大変重要です。本研究では、まず気象予測モデルと観測データを結びつけて初期値の精度を向上させる「データ同化」技術(注1)を用いて予測の精度の向上を図りました。同時に“アンサンブルシミュレーション”(注2)を行い、予測の不確実性を評価しました。

 対象とした事例は、土砂崩れ・河川氾濫などで死者84名となる激甚災害をもたらした「令和2年7月豪雨」の中でももっとも被害の大きかった7月4日早朝に発生した熊本県球磨川の氾濫を引き起こした線状降水帯です。この線状降水帯を前日夕方から予測可能であるかを調べました。なお氾濫が発生した熊本県球磨川流域を図1右にカラーで示しています。

 まず、アンサンブルシステムとして日本全域を対象に水平解像度(計算の細かさ)5 kmで1000個のシミュレーションを実行して(図1左)、データ同化を行いました。同化に用いた観測データは気象庁現業システムで同化しているデータのうち、衛星輝度温度、降水量データ、可降水量データを除いたものです。6月29日9時から3時間間隔で計算を行い、7月3日18時について1000個の初期値を得て、水平格子間隔2 kmでそれぞれ24時間予測を行いました(アンサンブル予測)。さらに1000個の初期値を平均した新たな初期値を作成して、これを用いた1001個目の予測も行いました(決定論予測)。これらを用いて、7月4日5時過ぎに発生したとみられる氾濫までの降水予測精度および確率予測精度を調べました。なお気象庁の現業メソアンサンブルシステムは水平格子間隔5 km、21個のシミュレーションで構成されており、本研究ではその2.5倍の水平解像度と約50倍のアンサンブルサイズになります。

 決定論予測による雨量(図2b)を観測値である気象庁解析雨量と比較すると(図2a)、球磨川流域で観測と同等の3時間で100 mm以上となっており、良い予測精度であることが分かりました。次に、アンサンブル予測から3時間で50 mm以上の大雨に対する確率分布を求めたところ、発生した線状降水帯に沿って80%以上の高い予測確率が確認されました(図2c)。また決定論予測では解析雨量に存在しない九州の西海上に延びた降水帯が強めに予測されていますが、この領域の確率が低く予測されています。これらのことから、確率予測では、降水予測に対してその不確実性を的確に再現しているということが言えます。

 図3は計算を始めた3日18時から氾濫の起きた4日6時までの12時間の積算降水量で、200mmを60%という高い確率値で予測しました。積算降水量は大雨が降り続くと高い値になり、洪水や土砂崩れなどの災害に結びつく量です。今回の結果は、このように高い信頼度を伴って大雨が長く続く予測ができたということを意味しています。今回の実験では、洪水発生の12時間前になる7月3日18時以前の情報のみを用いました。すなわち早朝の氾濫に対して前夜の早い段階で、大雨の予測とその信頼度を住民に伝えることが可能かもしれないということを意味しており、効果的な避難行動に繋がるものと期待されます。

発表雑誌

雑誌名:SOLA, 17 (2021)
論文タイトル:Forecasts of the July 2020 Kyushu heavy rain using a 1000-member ensemble Kalman filter
著者:Le Duc, Takuya Kawabata, Kazuo Saito, Tsutao Oizumi
URL: https://doi.org/10.2151/sola.2021-007

用語解説

注1:データ同化
ベイズの定理に基づき、観測データと気象予測シミュレーションを用いて、もっとも確からしい(真の状態に近い)現在の大気場を推定する技術。

注2:アンサンブルシミュレーション
確率空間において“真の大気状態”の周りに分布する大気状態を多数生成して、これらを初期値として多数のシミュレーションを行う手法。データ同化によって作成された初期値が真の状態からどのくらい離れているか(誤差があるか)という情報を用いて、新しい初期場を多数作成する。これらのアンサンブル初期値から計算を始めたアンサンブルシミュレーションのばらつきは、シミュレーションの真の状態からの差(誤差)を表していると考えられる。










謝辞

「富岳」成果創出加速プログラム「防災・減災に資する新時代の大アンサンブル気象・大気環境予測」の助成を受けたものです。

問い合わせ先

川畑 拓矢
tkawabat◎mri-jma.go.jp    ※アドレスの「◎」は「@」に変換してください