2018年2月6日 国立大学法人東京大学大気海洋研究所プレスリリースにて
地球表層圏変動研究センター 吉澤晋准教授、岩崎渉准教授らが発表を行い、
記事が掲載されました。
掲載内容
光を利用するか、それとも避けるか? ―海洋細菌の二種類の光適応戦略の解明―
発表のポイント
◆大規模なゲノムデータ解析により、海洋表層に生息する細菌には光からエネルギーを得る「太陽電池型」と色素で光を遮る「日傘型」の適応戦略があることを発見。
◆太陽からの莫大な光エネルギーにさらされる海洋表層の細菌は、これまで考えられていたように単にその恩恵を受けるだけではなく、「光を利用するか、光を避けるか」という“究極の選択”を迫られていることが明らかになった。
◆地球表面の7割を占める海洋表層に生息し地球環境を支えている膨大な細菌の基本生存戦略の理解とともに、「光」が生物の基本設計図であるゲノムの大きさを決めるというゲノム進化メカニズムを提唱。
発表者
熊谷洋平(東京大学大気海洋研究所 微生物分野 博士課程)
吉澤晋(東京大学大気海洋研究所 准教授)
木暮一啓(東京大学大気海洋研究所 教授)
岩崎渉(東京大学大気海洋研究所 准教授)
発表概要
海洋表層に生息する細菌の約半数はプロテオロドプシン(PR)(注1)と呼ばれる光受容体を持ちます。
PRは光からエネルギーを受け取る「太陽電池」のような役割を持ち、細菌の海洋表層への適応に大きく貢献していると考えられています。
では、そもそもなぜ、そのように重要な光受容体であるPRを持つ細菌と持たない細菌がいるのでしょうか。
東京大学大気海洋研究所の熊谷洋平大学院生、吉澤晋准教授、木暮一啓教授、岩崎渉准教授と、同大学院総合文化研究科・新領域創成科学研究科・理学系研究科、九州大学、早稲田大学、ハワイ大学との共同研究チームは、大規模なゲノム(注2)データ解析を行い、海洋表層に生息する細菌には光からエネルギーを得る「太陽電池型」と色素で光を遮る「日傘型」の適応戦略があることを発見しました。
すなわち、太陽からの莫大な光エネルギーにさらされる海洋表層の細菌は、ただその恩恵を受けるだけではなく、「光を利用するか、光を避けるか」という“究極の選択”を迫られていることになります。
本研究により、地球表面の7割を占める海洋表層に生息する膨大な細菌の基本生存戦略の理解が進むとともに、「光」が生物の設計図であるゲノムの大きさを決めるというゲノム進化メカニズムを提唱しました。
発表内容
プロテオロドプシン(PR)は細菌の内膜(注3)に存在し、ATP(注4)合成酵素と協調して働くことで、光エネルギーから生物のエネルギー通貨であるATPを生産する役割を持つ光受容体です(図1上)。PRによって細菌は光エネルギーを自身の生存のために使えるようになることから、その働きは細菌にとっての“太陽電池”にも例えることができます。PRは地球表面の7割を占める海洋表層に生息する細菌の実に約半数が持つと見積もられており、細菌の海洋表層環境への適応に大きく貢献するタンパク質であると考えられてきました。しかし、もし本当にPRがそうしたメリットだけをもたらす“持ち得”と言えるタンパク質ならば、全ての海洋表層細菌がPRを持っていても不思議ではないはずです。では、なぜ残る半数の細菌はPRを持たないのでしょうか。また、太陽から降り注ぐ「光」は生物の設計図であるゲノムの進化にどのような影響を与えてきたのでしょうか。
こうした疑問を解明するため、本研究チームは、「PRを持たない(=光を利用しない)」海洋細菌の光に対する適応戦略を調べました。本研究では、「フラボバクテリア」という海洋表層に生息する細菌のグループを対象に、PRを持つ細菌と持たない細菌のゲノムデータの大規模な比較を行いました。比較に際しては独自に21株のフラボバクテリアのゲノムを解読し、合計76細菌株のゲノム情報を用いました。
その結果、PRを持たない海洋表層のフラボバクテリアは、その多くがAPE(aryl polyene)またはFTP(flexirubin-type pigments)という細菌の外膜(注3)に局在する色素を合成する遺伝子を持つこと、一方で、PRを持つ細菌でこれらの色素を合成する遺伝子を持つ株は、一株も存在しないことが分かりました(図2)。APE、FTPはともに生物のDNAにダメージを与える紫外線を吸収する色素であり、外膜において光を遮ることで、そうしたダメージから細胞内部を保護する「日傘」のような役割があることがこれまでの研究によって報告されています。したがってこの発見は、PRによって光エネルギーを利用することにより、逆に光や紫外線によるダメージを受けてしまうというデメリットが生じてしまうこと、そして、海洋表層に生息する細菌には光からエネルギーを得る「太陽電池型」と色素で光を遮る「日傘型」の適応戦略があることを示唆しています。日傘をさしたままでは、太陽電池から電気を得ることはできません。太陽からの莫大な光エネルギーにさらされる海洋表層の細菌は、PRを用いて光を利用するか、APE/FTPを用いて光を避けるかという“究極の選択”を迫られており、このことが全ての海洋表層細菌がPRを持つわけではない理由になっていると考えられます(図1下)。
また本研究成果からは、生物の設計図であるゲノムを形作るゲノム進化メカニズムへの示唆も得られました。海洋表層細菌の多くを占める細菌としてはSAR11やSAR86と呼ばれるグループの細菌が知られていますが、これらのグループはPRを持つことに加え、小さなゲノムを持つことがわかっています。今回解析したフラボバクテリアにおいても、PRを持つ細菌はPRを持たない細菌に比べて小さなゲノムを持っていました。これらのことは、PRによって光エネルギーを利用する海洋細菌は、光や紫外線によってゲノム(DNA)にダメージを受けてしまうために、大きなゲノムを維持することができないからだと考えることでうまく説明することができます。この仮説を支持する結果として、本研究では、PRを持つ細菌は紫外線ダメージを受けたDNAを修復する働きを持つフォトリアーゼと呼ばれる酵素を多く持つことを示しました。PRを持つ細菌は日傘となる色素によってダメージを避けることができないため、その代わりに、受けたダメージを細胞内で修復するシステムを発達させてきたのだと考えられます。その他、本研究からは、PRを持たない細菌の多くにおいて嫌気的な環境(注5)に適応しやすい特徴なども見られました。
以上、本研究では、地球表面の7割を占める海洋表層に生息する膨大な細菌の基本生存戦略として、光からエネルギーを得る「太陽電池型」と色素で光を遮る「日傘型」の適応戦略があることを明らかにするとともに、「光」が生物の設計図であるゲノムの大きさを決めるというゲノム進化メカニズムを提唱しました。今後のさらなる研究により、地球上の生命にとって不可欠でありながら、一方でDNAを破壊する紫外線を含む太陽光が、生物の適応戦略や進化にどのような影響を与えてきたかに関して理解が進むと期待されます。
発表雑誌
雑誌名:The ISME Journal
対象論文:Solar-panel and parasol strategies shape the proteorhodopsin distribution pattern in marine Flavobacteriia
著者:Yohei Kumagai, Susumu Yoshizawa*, Yu Nakajima, Mai Watanabe, Tsukasa Fukunaga, Yoshitoshi Ogura, Tetsuya Hayashi, Kenshiro Oshima, Masahira Hattori, Masahiko Ikeuchi, Kazuhiro Kogure, Edward F. DeLong, and Wataru Iwasaki*.
DOI番号:10.1038/s41396-018-0058-4
用語解説
注1 プロテオロドプシン:
ATP合成酵素と共同して働くことで、光エネルギーから生命共通のエネルギー通貨と呼ばれるATPを生産する役割を持つタンパク質。
注2 ゲノム:
生物がもつ遺伝子の総体であり、物質的にはDNAから構成される。各生物種の基本的な形質を決定する。
注3 内膜・外膜:
フラボバクテリアの属するグラム陰性細菌は細胞膜として二重の膜構造を持ち、内側のものを内膜、外側のものを外膜と呼ぶ。
注4 ATP:
文部科学省が推進する「革新的ハイパフォーマンス・コンピューティング・インフラ(HPCI)の構築」プログラムの中核システムとして、理化学研究所と富士通が共同で開発を行い、2012年9月に共用を開始した計算速度10ペタFLOPS級のスーパーコンピュータ。
注5 嫌気的な環境:
酸素の存在しない環境。一部の細菌は、そのような環境でも窒素化合物や硫黄化合物を電子受容体として利用することで呼吸をすることができる(嫌気呼吸)。
添付資料
図1(上) PR(プロテオロドプシン)の機能の模式図。PRは太陽光のエネルギーを用いてプロトン(水素イオン)を細胞膜外へと輸送し、そうして生成されたプロトンの濃度勾配を用いて、ATP(アデノシン三リン酸)合成酵素がATPを生産する。
(下) 光からエネルギーを得る「太陽電池型」と色素で光を遮る「日傘型」の適応戦略の模式図
図2 本研究で大規模ゲノムデータ解析を行った海洋表層のフラボバクテリアの進化系統樹とPR(プロテオロドプシン)およびAPE/FTP(aryl polyene / flexirubin-type pigments)合成系遺伝子の分布
詳しくはこちらをご覧下さい。
関連リンク
・大気海洋研究所プレスリリース(2018年2月6日)