地球表層圏変動研究センター将来構想について

(2017年9月13日更新)

背景

近年、地球温暖化、異常気象の頻発、生物多様性の減少、海洋生物資源の枯渇、海洋汚染の深刻化など、地球規模の諸問題が頻発し、我々人類、さらには地球の生命圏にとって大きな脅威となりつつある。科学的な調査・研究を通じてこうした現象の実態を理解し、そこから人為的要素を抽出しつつ発生要因を明らかにし、将来予測を基に人類の持続的生存のための道筋を示して行くことは、我々に課せられた使命であろう。このためには、従来個別に扱われてきた物理、化学、生物、資源学などの分野を包括しつつ、大気、海洋、陸圏を融合的、統合的に扱う新たな研究領域の創出が必要であり、大気海洋科学はこうした学術的要請に応えていくべきであろう。
さて、近年のいくつかの技術的発展が大気海洋科学を押し上げてきた。第一に、安定同位体あるいは遺伝子等の解析に代表されるような、超高感度、高速分析機器類の発達である。これにより、生物あるいは非生物試・資料から格段に多くの情報を得ることが可能になった。第二に、研究船や現場設置型のセンサ―類を用いたモニタリング観測技術が向上するとともに、衛星データなどを含め、地球表層圏における多様なデータが得られるようになった。第三に、こうして得られてきた大量のデータを集積、解析するための計算機器類の発達と拡充、さらにそれらの情報をベースにした新たな情報科学あるいはモデリング技術の急速な進歩である。
大気海洋研究所、地球表層圏変動研究センター(以下、変動センター)は2010年、旧海洋研究所と旧気候システム研究センターとのシナジーを生むことを目的として設置され、以来、最新の分析、解析技術で得られたデータおよび現場の観測データを基礎に、モデリング技術、バイオインフォマティクス技術を駆使した先端的研究をおこなってきた。初期の目的を達成した現在、新たな学術的要請に応えていくために重点課題を明確にしつつ、それらの研究を推し進めていくことが必要である。以下に、変動センターのミッションと個別課題を示す。

 

変動センターのミッション

変動センターは、所内基幹系の研究グループと協働しつつ、最新の分析、解析技術による試・資料の分析データ、研究船等を用いた観測から得られたデータ、さらに地球表層圏に関する多様な情報、最新のモデリング技術、バイオインフォマティクス技術等を駆使することにより、新たな融合分野を切り開くことをミッションとする。とりわけ、大気、海洋で繰り広げられる動的プロセス、大気、陸、海の相互作用、さらに生命圏を含めた地球史におけるそれらの変遷と駆動メカニズムとを包括的に明らかにし、その将来予測に必要な学術基盤を構築する。また、得られた科学的情報を広く配信していくことを通じて、社会貢献を果たす。

 

具体的課題

1.大気海洋相互作用のマルチスケール解明

【目指すもの】

地球表層圏における大気海洋相互作用が関わる特異的事象や気候変動について、特に、近年多発している台風の強大化に象徴されるような大気海洋のマルチスケールの結合した事象についての研究を推進するとともに、高解像度の大気海洋先端的モデリングを推進する。また、人為的活動がこれらの事象にどのような影響を与えているかを明らかするとともに、これらの研究を通じた社会貢献を行う。


【Keywords】

高解像度大気海洋相互作用、全球―領域マルチスケール、ミクロプロセスとマクロプロセスの連動、異常気象と気候変動、観測とモデルの連携


【研究課題】

・高解像度大気海洋相互作用
高解像度大気海洋結合モデリングにより10km程度の空間スケール(大気におけるメソスケール、海洋におけるサブメソスケール)での大気海洋間の相互作用の研究を推進する。高解像度な大気海洋モデルによる極端現象や異常気象のメカニズム、予測研究、季節から数十年スケールの予測研究、経年変化等の地球温暖化予測研究等。

・全球―領域マルチスケール
全球から領域スケールを統一的に扱う数値モデリングにより,全球的な気候研究と領域ダウンスケールの連携研究を推進する。

・ミクロプロセスとマクロプロセスの連動
雲微物理過程や雲による放射散乱,乱流等,より詳細な物理過程をビンモデル,LES,DNS等によるモデリングを通じ,マクロプロセスの理解の促進を図る(諸物理過程と気候感度の関係性の理解等)。

・観測とモデルの連携
人工衛星観測と高解像度モデルの連携研究等。エネルギー収支、水循環、物質循環の3つの軸による統合的な気候システム変動の理解。


【担当教員および所内連携分野】

佐藤、鈴木、海洋物理学部門、気候システム研究系


2.海洋生態系ダイナミクスの分野横断的解明

【目指すもの】

海洋生態系の多元的な構造と動態は、生物資源生産や二酸化炭素吸収による気候の調整等、人類が享受する生態系サービスの基盤である。現場調査・モデリング・リモートセンシング・化学分析・飼育実験の連携により、海洋生態系の7次元(時間・空間・栄養段階・遺伝的多様性・表現型多型)ダイナミクスの解明を目指す。


【Keywords】

スケール間相互作用、物質循環、エネルギー転送、多様性、表現型可塑性、気候変動・変化


【研究課題】

・エコトーン(移行帯)の物質循環と生態系機能
・数十年規模気候変動に対する生物の可塑的応答
・サブkmスケールの物理過程と生物生産への影響
・大気・海洋・波浪・生態系結合モデリング


【担当教員および所内連携分野】

伊藤、羽角、物理、化学、水産、生態系関係分野、沿岸センター、高解像度センター


3.生命進化・環境変動の複合的解明

【目指すもの】

全ての生命は共通祖先から受け継いだゲノム(DNA)を用いて生命活動を行っている。つまり、ゲノムは生物の設計図であるのみならず、その進化の歴史までを含んだ情報である。また生物の歴史は、堆積物や化石中に地球環境の変遷の情報とともに刻まれている。遺伝子情報解析技術と高感度分析技術を組み合わせることで、環境および生物の歴史、さらに、その相互作用を明らかにする。


【Keywords】

環境DNA、環境と遺伝子変動、メタゲノム、ロドプシン


【研究課題】

・環境DNA解析に基づく海洋生物群の分布推定
・バイオインフォマティクス技術による海洋生物の進化史の解明
・微生物の地球規模輸送過程の解明
・未知機能のロドプシンの探索とその機能解明
・海洋に広く分布する機能未知遺伝子群“Dark matter遺伝子”の機能解明


【担当教員および所内連携分野】

吉澤、岩崎、木暮、国際沿岸海洋研究センター、生理学分野、分子海洋生物学分野、環境動態分野、資源解析分野、浮遊生物分野等


4.モデルとデータを統合する古気候変動力学の創成

【目指すもの】

人類や生命の進化と環境の変動や将来予測を考える上で、実際過去に起こった全球規模の気候や環境の大変動のダイナミクスの理解が重要である。数千年から数十万年、数百万年さらに数億年前に遡って海洋—大気—氷床—気候—物質の結合システムの応答特性を調べるのに相応しいモデルを構築し、海底コアやアイスコア、堆積物等から得られた古環境データと気候力学を説明する新しい古気候学を展開する。同時に、その知見を現代と未来に繋げ、人間活動の気候への影響やその不可逆性と不可避性等の長期的理解に貢献する。


【Keywords】

古環境変動、海洋ー氷床変動、古気候モデリング、海底コア、気候力学、気候の不可逆性と不可避性


【研究課題】

・数千年スケールの海洋や氷床変動の解明
・地球規模の気候変動の外的変動に対する応答特性
・過去の氷期と温暖期の間の移行のメカニズム理解
・歴史時代の気候変動の特性把握
・人類や生命進化の背景である気候変動の仕組みの理解
・大気海洋を含む気候モデルの様々な時間スケールの地球史イベントへの適用拡大


【担当教員および所内連携分野】

阿部、川幡、横山、海洋底地質学分野、気候変動研究分野