2019年1月16日 国立大学法人東京大学大気海洋研究所プレスリリースにて
地球表層圏変動研究センター 横山祐典教授らが発表を行い、
記事が掲載されました。




掲載内容
 同位体で解く世界最大の魚ジンベエザメの採餌生態の謎

発表のポイント
◆現存する魚類としては世界最大といわれるジンベエザメですが、その生態は謎に包まれています。本研究では、同位体の新しい分析技術を用いることで、ジンベエザメの採餌生態を新たに解明しました。
◆ジンベエザメはこれまで動物プランクトンや小魚を主な餌としているといわれていましたが、これに加えて植物性の餌も利用していることが示されました。また外洋域で採餌しているタイプと、沿岸域で採餌しているタイプが存在する可能性があることもわかりました。
◆絶滅が危惧される大型野生動物であるジンベエザメを保全する上で、採餌生態や回遊についての知見はとても重要です。また、本研究で用いた同位体分析技術は、今後、ジンベエザメ以外のさまざまな海洋動物の研究でも威力を発揮すると期待されます。

発表概要
東京大学大気海洋研究所のAlex Wyatt特任研究員と永田俊教授らの研究グループは、海洋研究開発機構、沖縄美ら島財団と共同で、同位体(注1)の新しい分析技術を用いて謎の多いジンベエザメ(図1)の採餌生態の解明に挑戦しました。その結果、ジンベエザメの栄養段階(食物連鎖上の「位置」を表す指標、図2)が予想以上に低いことがわかりました。これまでジンベエザメは動物プランクトンや小魚を主に食べていると考えられていましたが、今回の分析結果から、それらに加えて植物性の餌を利用していることが示されました。さらに、ジンベエザメの中には、主に外洋域で採餌しているタイプと、沿岸域で採餌しているタイプが存在する可能性があることもわかりました。絶滅が危惧されるジンベエザメの保全策を考える上で、これらの知見はとても重要です。また、本研究で用いた新しい技術は、今後、さまざまな魚類や海洋生物の採餌・回遊生態の解析に応用できると期待されます。

発表内容
炭素や窒素の同位体比は、魚の栄養段階や採餌海域を調べる手法としてこれまで広く使われてきました。ところが、サメの場合は、例えば尿素を用いて体液調節を行うなど、他の魚とは生理学的に異なるため、同位体比の変動が不規則で、解釈が難しいという問題がありました。本研究では、国営沖縄記念公園(海洋博公園):沖縄美ら海水族館(以下、沖縄美ら海水族館)で長期的に飼育されているジンベエザメの同位体比と生理状態の関係を詳しく調べました。その結果、ジンベエザメの血液検査によって判定した生理状態や成長速度と、同位体比の変動の間に密接な関係があることを見つけ出しました。この関係を使うことで、これまで困難であった、サメの同位体比の変動の意味を解き明かすことができるようになりました。さらに最新の分析技術を用いて各種同位体比を測定することで、栄養段階や採餌海域の推定精度を向上させることにも成功しました。

以上の飼育実験の結果を踏まえて、混獲された天然のジンベエザメの血液検査を行うとともに、体組織の一部(ヒレの軟骨や血液)の各種同位体比を精密に測定したところ、興味深い新事実が明らかになりました。その1つは、天然のジンベエザメの栄養段階が2.7と推定されたということです。栄養段階は、食物連鎖上の「位置」を表す指標で、食物連鎖の上位にあるものほど高くなります。つまり、基礎生産者(光合成によって有機物を作り出す植物)である植物プランクトンや海草・海藻類の栄養段階は1で、それらを採餌する動物プランクトン(草食動物)は2、さらに、動物プランクトンを捕食する小魚(イワシなど)は3、小魚を食べる大型の魚は4というように、栄養段階は定義されます(図2)。ジンベエザメは、これまで動物プランクトンや小魚を主に食べていると考えられてきました。実際、沖縄美ら海水族館でも動物プランクトンの一種であるオキアミ類を餌にして飼育しています。もし天然のジンベエザメが動物プランクトンと小魚のみを食べているとすれば、栄養段階は3以上になると予測されます。ところが本研究の結果では、3よりも低い値(2.7)になったのです。このことから、動物プランクトンや小魚だけではなくて、植物性の餌も栄養にしていることが示されました。サメが「草食系」というのはやや意外ですが、今後、ジンベエザメやその他のサメの食性をより詳しく調査することが必要です。

同位体分析からはさらに、次のような興味深い事実も明らかになりました。測定した5個体のうち3個体は、食物連鎖のベースとなる植物プランクトンの窒素安定同位体比が低い海域にいたのに対して、他の2個体は高い海域にいたことが明らかになったのです。植物プランクトンの窒素安定同位体比は、窒素固定(注2)が活発に起きる外洋域では低くなるのに対して、沿岸海域では高くなることが知られています。このことから、ジンベエザメの中には、主に外洋域を回遊して採餌するタイプと、沿岸域で採餌するタイプが存在する可能性があることがわかりました。
また、同じラグーンの異なる地点で採取されたコア中の堆積物を用いたアメリカの研究グループの年代測定結果とも整合的でした。しかし、アメリカグループの研究では今回の年代よりも堆積物の年代が系統的に古い年代を表しており、堆積物自体を使った年代決定で過去環境の正確な年代を得ることの困難さが明らかになりました。この点において、今回の研究ではアメリカグループが解決していなかった年代決定法の問題を、貝等の化石を測定することにより解決することに成功しました。

本研究成果は、絶滅の危機に瀕しているジンベエザメの保全策を考えていく上で、重要な知見であるといえます。またジンベエザメのような大型魚類の生理状態と同位体比の関係を飼育実験によって明らかにしたのは世界初であり、本研究で得られた知見は、今後、同位体比を用いてサメの生態を明らかにしていく上での重要な基礎となります。さらに、高度な分析技術を用いた各種同位体比の精密測定を行っている点も本研究の大きな特徴です。ここで用いた手法は、今後、回遊性の魚類の生態解明に広く適用されるものと期待されます。
本研究成果 は、科学技術振興機構(JST)の戦略的創造研究推進事業チーム型研究(CREST)「海洋生物多様性および生態系の保全・再生に資する基盤技術の創出」研究領域(研究総括:小池勲夫)における研究課題「極微量長半減期同位体を用いた革新的な海洋生態系・物質動態トレース技術の創出」(研究代表者:永田俊)の一環として行われました。

発表雑誌
雑誌名:「Ecological Monographs」
対象論文:Enhancing insights into foraging specialization in the world’s largest fish using a multi-tissue, multi-isotope approach
(和文)複数組織・複数同位体手法で得られた世界最大の魚における採餌様式の専門分化に関する新たな知見
著者:
 Alex S.J. Wyatt* 東京大学大気海洋研究所海洋化学部門生元素動態分野 特任研究員(CREST)
 松本瑠偉 一般財団法人沖縄美ら島財団総合研究センター 研究員
 力石嘉人 国立研究開発法人海洋研究開発機構・生物地球化学研究分野 主任研究員 (現所属 北海道大学低温科学研究所 教授)
 宮入陽介 東京大学大気海洋研究所高解像度環境解析研究センター 特任研究員(CREST)
 横山祐典 東京大学大気海洋研究所高解像度環境解析研究センター 教授
 佐藤圭一 一般財団法人沖縄美ら島財団総合研究センター 上席研究員
 大河内直彦 国立研究開発法人海洋研究開発機構・生物地球化学研究分野 分野長
 永田俊 東京大学大気海洋研究所海洋化学部門生元素動態分野 教授(CREST)


用語解説
注1 同位体:
原子核に含まれる陽子の数は等しいが、中性子の数が異なる元素のことである。窒素の場合でいうと、天然に存在する大部分の窒素は質量数が14(陽子が7個と中性子が7個。14Nと表記する。)であるが、0.4%程度は質量数が15(陽子が7個と中性子が8個。15Nと表記する。)のものも含まれる。この15Nが含まれる比率のことを窒素安定同位体比と呼ぶ。一般的に、食物連鎖の上位の生き物ほど、15Nが含まれる比率が大きくなるため、窒素安定同位体比は、栄養段階の指標として用いられる。本研究では、タンパク質を構成するアミノ酸別に窒素安定同位体比を測定する技術や、自然界の炭素の中で1兆分の1しか含まれない極微量の炭素14同位体(14C)を正確に測定する最新の技術も駆使することで、これまで以上に精度の高い栄養段階の推定を行うとともに、ジンベエザメの採餌海域を推定することに成功した。

注2 窒素固定:
大気中の窒素を固定してアンモニアに変換する代謝反応で、特に亜熱帯の貧栄養海域に生息する微生物で広く見られる。



添付資料

図1 沖縄美ら海水族館で飼育されているジンベエザメ。成長すると体長が10~12mになる魚類の中で最大の種であるが、その生態は謎に包まれている。


図2 海の食物連鎖と栄養段階



詳しくはこちらをご覧下さい。

関連リンク

・大気海洋研究所プレスリリース(2019年1月16日)