2019年11月1日 国立大学法人東京大学大気海洋研究所プレスリリースにて
地球表層圏変動研究センター 阿部彩子教授、小長谷貴志特任研究員が発表を行い、
記事が掲載されました。
掲載内容
氷期から間氷期への遷移期の温暖化によって生じた急激な気候の変化
発表のポイント
◆ 1万5千年前の氷期―間氷期遷移期の急激な気候変化を古気候データと整合的に気候モデルで再現しました。
◆氷期―間氷期遷移期のゆっくりとした温暖化が、海洋深層循環(注1)の急激な強化をもたらすことを示しました。
◆大気、海洋、氷床といったサブシステム間の相互作用によって氷期―間氷期遷移期の気候変化が形成されているという、気候システムの性質理解に貢献しました。
発表概要
東京大学大気海洋研究所の小長谷貴志研究員らは、気候モデルによるシミュレーションを用いて、およそ1万5千年前の氷期―間氷期遷移期に生じた急激な気候変化メカニズムを調べました。この頃グリーンランドで数十年のうちに10℃以上の気温変化が生じたことがわかっており、海洋深層循環の強化によるものと考えられています。従来の研究では、海洋深層循環の強化の原因を北半球氷床の融解が止まることに求めていましたが、氷期から間氷期にかけての海水準上昇の記録や、モデルから示唆される北半球氷床融解史と整合しないという問題点がありました。本研究では、氷期から間氷期にかけて生じたゆっくりとした温暖化によって、北半球氷床の融解水(注2)の流入が止まらずとも海洋深層循環の急激な強化が生じることを示しました(図1)。その変化の原因は、氷期から間氷期にかけて海洋が全球的に温められることで北大西洋の海洋密度成層がゆっくりと十分に変化すると海洋深層循環が急激に強化することにあることが示唆されました(図2)。本研究の結果は、大気海洋、氷床、炭素循環といったサブシステム間の相互作用によって氷期―間氷期遷移期の気候変化が形成されていることを示唆するもので、気候システムの性質理解に貢献するものです。
発表雑誌
雑誌名:
「Geophysical Research Letters」
対象論文:
Abrupt Bolling-Allerod warming simulated under gradual forcing of the last deglaciation
著者:
Obase Takashi*, Abe-Ouchi Ayako
添付資料
図1: 気候モデルによる計算結果(赤線)を、地質記録に基づく気候復元と比較した図。黒線で示されているように、およそ1万5千年前の時期(青色背景と赤色背景の境界)に海洋深層循環が強化され、グリーンランドの気温が上昇していますが、赤線で示されたモデルの結果はそれを再現しています。また南極のアイスコアから、赤色背景で示されたおよそ2000年間、温暖化が停滞しているという特徴も再現していることが分かります。
図2: 海洋深層循環の強化が生じる前後での、北大西洋の海洋の様子を示した図。(上段)北大西洋域の冬季海氷分布と、海水の沈み込みを示す混合層深度分布。海洋深層循環強化前の1.5万年前は中緯度域まで海氷が張り出していますが、海洋深層循環強化後の1.47万年前には海氷範囲が北上し、海水の沈み込みが活発に起きていることが分かります。(下段)北大西洋の緯度―水深断面図で、海洋の流れの様子を示した図で、図中黒矢印で記入されているように、流線関数が正の値を時計回りに南北・鉛直方向の流れが存在することを読み取ります。深層循環強化後はこの時計回りの深層循環の流量が大きく、沈み込みが達する水深も深くなっていることが分かります。
用語解説
・注1 海洋深層循環:
北大西洋で沈み込む、大洋をまたぐ全球的な循環です。特に大西洋域では熱量を南から北に運ぶ役割を持っています。地球の大気と海洋の温度はこの熱量の分配によって決まっているのですが、この海洋深層循環が強くなると、北半球にはより多くの熱量が運び込まれるようになって気温が上がり、逆に南半球では熱量が失われることで気温が下がるという結果になります。
(参考資料:2017年のプレスリリース https://www.aori.u-tokyo.ac.jp/research/news/2017/20170209.html )
・注2 氷床の融解水:
最終氷期には、北アメリカ大陸とユーラシア大陸の高緯度域は、高さ約3kmの氷床(陸上に降った雪が、長い年月をかけて氷になったもの)に覆われていました。そのため、当時の海水準は現在より130m程度低下していました。最終氷期から現在の間氷期にかけ、北半球高緯度域の夏季が温暖になったことで氷床が解けて、生じた淡水が海洋に流入して海水準が徐々に上昇していきました。この水は塩分を含まず密度が小さいために、北大西洋域に流入すると海面の海水密度を下げ、海洋深層循環を弱くしようとする働きをもちます。
(参考資料:2013年のプレスリリース https://www.aori.u-tokyo.ac.jp/research/news/2013/20130808.html)
詳しくはこちらをご覧下さい。
関連リンク
・大気海洋研究所 研究トピックス(2019年11月1日)