2020年11月4日 国立大学法人東京大学大気海洋研究所 研究トピックスにて
地球表層圏変動研究センター 海洋生態系変動分野所属 堤英輔特任助教らが発表を行い、
記事が掲載されました。



掲載内容
海嶺上の乱流混合が貧栄養海域の生物生産を促す
~学術研究船「白鳳丸」によるルソン海峡観測航海の成果~


発表のポイント
◆世界有数の内部波の発生域であるルソン海峡で、学術研究船「白鳳丸」航海による物理・生化学的海洋観測を実施した。

◆乱流混合が亜熱帯貧栄養海域であるルソン海峡の生物生産に寄与している可能性を初めて示唆した。

◆亜熱帯海域・黒潮域の生物生産を支えるプロセスとして、海峡域で強化される乱流混合の果たす役割が注目される。


発表概要
九州大学、東京大学、富山大学、フィリピン大学の国際共同研究チームは、ルソン海峡において、2017年11月に学術研究船「白鳳丸」(注1) KH-17-5次レグ2航海(主席研究者:九州大学応用力学研究所特任教授 松野 健※当時)を用いた物理・生物化学的海洋観測を実施しました。内部波が生じる海洋乱流(注2)が気候変動に果たす役割の理解のために、ルソン海峡では近年世界的なチームによって大規模な研究が実施され、世界でも最大規模の内部波が発生していることが明らかにされています。本研究航海では、内部波に起因する乱流混合が海洋生態系に及ぼす影響に注目した調査・解析を行いました。その結果、調査海域は黒潮を起源とする貧栄養な水に覆われているにも関わらず、表層に明瞭な植物プランクトンブルーム(局所的な増殖)が形成されていることを発見するとともに、このブルームが、急峻な地形によって生じた内部波が崩れることで乱流混合が下層の栄養塩を表層に供給することで形成されている可能性を示しました。本研究の結果は、急峻な地形上で強められる乱流混合が生物生産に重要な役割を担う可能性を示唆し、亜熱帯や黒潮流域など貧栄養海域の生物生産性の理解に向けて、東シナ海や日本南岸などの急峻な地形が存在する海域における今後の研究の展開が期待されます。


発表内容
海洋の内部波が崩れることによって生じる乱流混合は、全球的な深層循環を駆動する要因の1つであるとともに、栄養塩や溶存酸素等を鉛直的に循環させ海洋生態系と炭素循環に関わる要因であるため、海洋環境や気候変動を理解する上で重要な現象です。乱流混合は、1ミリメートルから1メートル程度の微細なスケールの渦によって生じるため、海洋において乱流混合がどこでどのくらい起こっているのかを正確に把握することは現在の数値モデリング技術でも困難であり、現場における観測が非常に重要となります。近年このような背景から、国際的な研究者チームによってルソン海峡において大規模な研究が展開された結果、ルソン海峡では海嶺と潮流の相互作用により顕著な内部波と乱流混合が生み出されていることが明らかになってきました。ルソン海峡は海洋表層の栄養塩に乏しく生物量が少ない亜熱帯海域にあたり、海域の生物生産にとって重要となる表層への栄養塩供給に乱流混合が一定の役割を果たしていると予想されますが、これに関する研究はこれまでほとんど行われてきませんでした。

科学研究費補助金・新学術領域研究「海洋混合学の創設:物質循環・気候・生態系の維持と長周期変動の解明」(2015-2019年度、領域代表者:安田一郎)の一環として、九州大学応用力学研究所の松野健特任教授(航海当時)、千手智晴准教授、堤英輔学術研究員(航海当時)、東京大学大気海洋研究所の安田一郎教授、柳本大吾助教、李根淙特任研究員(航海当時)、富山大学大学院理工学研究部の張勁教授らは2017年11月に学術研究船「白鳳丸」KH-17-5次レグ2 航海により、ルソン海峡の東部海嶺上に位置するイトバヤット島の北部の東西断面において海洋観測を実施しました(図1)。航海では、内部波に起因した乱流混合が黒潮流域の物質循環や海洋生態系に及ぼす影響の評価のために、乱流微細構造、水塊構造、流れ場、植物プランクトン量と栄養塩濃度の計測を行いました。その結果、海嶺上に存在する浅い地形の上部において、沖合の観測点に比べて100倍を超える大きさの鉛直拡散係数(鉛直混合の強度の指標)を計測し、地形上では内部波の砕波によって乱流混合が強められていることを明らかにしました。植物プランクトン量の指標となるクロロフィルa濃度分布から、この地形上では植物プランクトンブルームが表層に形成されていた一方で、海嶺から離れた海域ではブルームが亜表層に形成されており、植物プランクトンの鉛直分布も海嶺上と沖合間で明瞭な差異が認められました(図2左)。乱流によって下層から表層に供給される栄養塩量(鉛直拡散硝酸塩フラックス)も海嶺上では沖合に比べて100-1000倍大きく(図2右)、海嶺上の硝酸塩フラックスから推定された新生産量は、同海域で報告されている冬季の値に概ね一致していたことから、観測された表層の植物プランクトンブルームは海嶺上で強められた乱流混合が栄養塩を表層に供給することによって生じていたと考えられました。衛星観測から推定されたクロロフィルa濃度は現場観測と整合的であり、表層ブルームがイトバヤット島の周辺で局所的に形成されていたことが分かりました(図1b)。この局所的な形成の原因としては、強い鉛直拡散栄養塩フラックスの局所性に加えて、ブルームの外側では黒潮が流れており、そこでは栄養塩が下層から表層に供給されたとしても下流に流されてしまう結果、生物生産を支え続けることができないためだと考えられました。本研究の結果は、ルソン海峡で強化される乱流混合がローカルな生物生産に寄与している可能性を初めて示すものであり、貧栄養である亜熱帯海域や黒潮域における生物生産を考える上で、地形に起因した乱流混合が物理的な栄養塩供給プロセスとして重要である証拠を提示するものです。

本研究を実施したプロジェクトである「海洋混合学の創設」では、台湾東方の宜蘭海嶺や九州南方のトカラ海峡、本州南方の伊豆・小笠原海嶺などの急峻な海底地形が存在する海域で同様の観測航海を実施しており、各海域において強大な乱流混合が生じ、それに伴って表層へ多くの栄養塩が運ばれている実態が明らかになりつつあります。これらの海峡・海嶺が存在する黒潮流域では貧栄養であるにもかかわらず生物生産性の高い「黒潮パラドックス」が提唱され、学術的な重要性とともに日本の水産業にとっても重要な問題として、解明に向けて多くの研究者が取り組みを行っています。本研究の成果は黒潮パラドックスの解明に資するものであり、今後も広く黒潮域における乱流混合過程の解明と物質輸送の定量化を進めていきます。



発表雑誌
雑誌名:
 「Scientific Reports」

対象論文:
 Vertical fluxes of nutrients enhanced by strong turbulence and phytoplankton bloom around the ocean ridge in the Luzon Strait

著者:
 Eisuke Tsutsumi*, Takeshi Matsuno*, Sachihiko Itoh, Jing Zhang, Tomoharu Senjyu, Akie Sakai, Keunjong Lee, Daigo Yanagimoto, Ichiro Yasuda, Hiroshi Ogawa, Cesar Villanoy



用語解説
・注1 学術研究船「白鳳丸」:
海洋研究開発機構が保有・運航し、文部科学省の共同利用・研究拠点である大気海洋研究拠点(東京大学大気海洋研究所)が全国の研究者の共同利用・共同研究に提供する研究船。

・注2 内部波:
海洋の浅い水深にある軽い水と深い水深にある重い水の間で起こる波。大気と海洋の間の波が海岸で崩れ白波を生じるように、内部波は海山や海嶺などの地形上で崩れる際に微細な渦(乱流)を生じ、その結果として鉛直方向の混合が生じる。




添付資料


図1.観測調査海域の植物プランクトン(カラーシェード)と流速場(オレンジ色矢印)の(a)年平均値と(b)観測時(2017年11月)の分布(衛星観測データ)。(c)観測点(黄丸)と海底地形(カラーシェード。海面を0mとし、マイナスの向きに深くなる)。



図2.図1(c)に示す観測点において計測されたクロロフィルa濃度(左図:植物プランクトン量の指標)と鉛直拡散硝酸塩フラックス(右図:乱流によって下層から上層へ供給される硝酸塩輸送量の指標)の鉛直断面分布。白線は海水のポテンシャル密度の等値線、測点L3とL4間の黒いシェードは航跡に沿った海底地形を示す。



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関連リンク

大気海洋研究所 研究トピックス(2020年11月4日)