2021年3月12日 国立大学法人東京大学大気海洋研究所 プレスリリースにて
地球表層圏変動研究センター 横山 祐典教授らが発表を行い、
記事が掲載されました。



掲載内容
氷期-間氷期の環境変動に対する地球の応答の仕組みを解明~地球温暖化による氷床減少がもたらす影響予測への新たな知見~


発表のポイント
◆第四紀の周期的な気候変動である氷期-間氷期サイクルに対して、地球の岩石圏が鋭敏に応答していた明確な証拠を、南太平洋の深海堆積物から見出しました。

◆大陸氷床の成長と後退に伴い、氷河由来の堆積物の風化および海底での熱水活動の強度が大きく変化したことを、地球化学データと数値シミュレーションから明らかにしました。

◆本研究の成果は、人類の活動に伴う温暖化により極域の氷床がさらに減少した際に、地球システムがどのように応答するかを予測していく上で重要な知見となります。


発表概要
東京大学大学院工学系研究科の桑原佑典大学院生(博士課程1年)、加藤泰浩教授らは、新生代第四紀(注1)の更新世チバニアン期~完新世ノースグリッピアン期にあたる約30万年前〜約6千年前に堆積した、南太平洋ラウ海盆の深海堆積物の化学組成およびオスミウム(Os)同位体比(注2)の分析を実施しました。その結果、海底での火成活動や陸上岩石の化学風化(注3)など地球の岩石圏(固体地球)の変動を示す指標である海水Os同位体比が、第四紀の周期的な気候変動である氷期-間氷期サイクル(注4)に伴い明確に変動してきたことを世界で初めて見出しました。さらに、海洋での物質収支シミュレーションを実施した結果、本研究により見出された海水Os同位体比の変動が、大陸氷床の後退時における氷河堆積物の急速な化学風化および大陸氷床の発達時における海底熱水活動(注5)の活発化を反映していることを明らかにしました。本研究の成果は、現在の地球温暖化が進行し、大陸の氷床がさらに減少した際に、地球システムがどのように応答するかを数万年スケールで予測していく上で重要な知見となります。


発表雑誌
雑誌名:
 「Scientific Reports」3月11日版

対象論文:
 Rapid coupling between solid earth and ice volume during the Quaternary

著者:
 桑原佑典、安川和孝、藤永公一郎、野崎達生、大田隼一郎、佐藤峰南、木村純一、中村謙太郎、横山祐典、加藤泰浩*

doi: 10.1038/s41598-021-84448-7


用語解説
・注1 第四紀:
地質時代の中で、258万年前から現在までの期間を指す。第四紀は2つの時期に分けられており、258万年前から1万1700年前までの期間を更新世、1万1700年前から現在までを完新世と呼ぶ。本研究で分析対象としたのは、約30万年前から6,000年前に堆積した深海堆積物で、中期更新世(チバニアン期)から中期完新世(ノースグリッピアン期)に相当する時代のものである。

・注2 オスミウム同位体比:
オスミウム (Os) は原子番号76の金属元素である。中性子の個数の違いにより、天然のOsには7つの同位体(184Os、 186Os、 187Os、 188Os、 189Os、 190Os、 192Os)が存在する。これらのうち、187Osと188Osの比(187Os/188Os)が地球化学分野で利用される。187Osは質量数187のレニウム (Re; 原子番号75の金属元素) が半減期約416億年で放射壊変して生成する娘核種であるため、Reに富む大陸地殻を構成する岩石は187Os/188Osが高い値 (約1.4) を取る。一方、マントルの岩石や地球外物質は187Os/188Osが低い値 (約0.126) を取ることが知られている。
 海水のOs同位体比は、高いOs同位体比を持ち主に陸上岩石の化学風化に支配される河川水フラックス (流量) と、低いOs同位体比を持ち海底の火成活動により支配される熱水フラックスの混合で決定される。深海堆積物に記録された過去の海水のOs同位体比を復元することで、陸上での風化作用と海底熱水活動の相対的な強度の変遷を知ることができる。なお、海水Os同位体比は全海洋でほぼ一様な値を示すため、本研究で対象としたコアのように大陸から遠く離れた遠洋域の堆積物は、全球を代表する情報を記録していると考えられる。

・注3 氷期-間氷期サイクル:
氷期-間氷期サイクルは第四紀を特徴づける地球規模の環境変動であり、北半球の氷床の発達と後退に伴い、寒冷な氷期と温暖な間氷期を周期的に繰り返してきた気候変動を指す。現在の地球は温暖な「間氷期」の段階にある。氷期-間氷期サイクルは約258万年前から顕在化し、約80万年前までは4万年周期、80万年前から現在までの期間は10万年周期の変動が卓越するという特徴をもつ。氷期-間氷期サイクルの原因として、地球の軌道要素(公転軌道の離心率、地軸の傾斜角、地軸の歳差運動)が周期的に変化することにより、北半球高緯度の夏の日射量が変動したとする「ミランコビッチ仮説」が提唱されている。

・注4 化学風化:
地表に露出した岩石が、水や大気と反応して変質していく作用のこと。ケイ素(Si)を主体とする鉱物(ケイ酸塩鉱物)の化学風化の場合、大気中の二酸化炭素(CO2)が化学反応により消費されるため、ケイ酸塩鉱物の化学風化は特に地球表層(大気・海洋)におけるCO2濃度の制御において重要な役割を果たしている。岩石を構成する鉱物は粘土鉱物へと変化し、その過程で鉱物中の様々な元素が溶脱していく。オスミウム (Os) もこの過程で岩石から溶出し、河川水に溶け込んで海へと運ばれる。

・注5 海底熱水活動:
中央海嶺や島弧などに分布する海底火山の付近において、海底の岩盤の割れ目に染み込んだ海水が、マグマにより熱せられて高温となり、熱水として海底に再び噴出する活動のこと。熱水には岩石から抽出された様々な金属元素が溶け込んでいる。海底の岩盤を構成する岩石はマントルに起源を持つため、それらから抽出されたオスミウム (Os) はマントル由来の低い同位体比を持つ。海底熱水にはこのOsが溶け込んでおり、地球内部から海洋へOsを供給する役割を担っている。


添付資料


海洋におけるOs同位体システムの概念図





詳しくはこちらをご覧下さい。

関連リンク

大気海洋研究所 プレスリリース(2021年3月12日)

東京大学大学院工学系研究科 プレスリリース(2021年3月11日)