2021年8月26日 国立大学法人東京大学大気海洋研究所 プレスリリースにて
地球表層圏変動研究センター 阿部彩子教授らが発表を行い、記事が掲載されました。



掲載内容
南大洋が鍵を握る氷期の大気中二酸化炭素濃度変化


発表のポイント
◆約2万年前の最終氷期最盛期における大気中二酸化炭素濃度を、海洋炭素循環モデルシミュレーションにより再現することに成功しました。

◆氷期の南大洋における塩分成層の強化と表層海洋の鉄肥沃化が炭酸塩補償を増幅し、海洋への炭素貯留の増加に大きく寄与することを明らかにしました。

◆最終氷期最盛期における大気中二酸化炭素濃度を再現するうえで南大洋が重要となることを明らかにし、氷期?間氷期スケールの海洋炭素循環の変動メカニズムの理解に貢献しました。


発表概要
地球の大気中二酸化酸素濃度は、現在400ppmを超え、産業革命前の280ppmから大きく上昇しています。一方、約2万年前の最終氷期最盛期(注1)には190ppmと低かったことが、氷床コア記録から明らかにされています。この大気中二酸化炭素濃度の低下は、大気から深海に炭素が貯蔵されたことで生じたと考えられており、また世界中の古海洋掘削データは、当時の海洋環境を記録した化学トレーサー(注2)の分布を明らかにしつつあります。しかし、その大気中二酸化炭素濃度の低下の仕組みや化学トレーサーの示す海洋物質循環の全体像の詳細はよくわかっておらず、3次元の海洋モデルを用いた氷期の変化の再現も困難でした。東京大学大気海洋研究所の小林英貴研究員、岡顕准教授らは、海洋研究開発機構の山本彬友研究員と協力し、海洋炭素循環モデルを用いた数値実験で、氷床コア記録と整合した大気中二酸化炭素濃度の変化の再現に成功しました。今回の実験では、氷期の南大洋における強い塩分成層と氷河性ダスト起源の鉄肥沃化(注3)の効果を適切に考慮すると、化学トレーサーの分布をうまく再現できることもわかりました。成層の強化は深海に炭素を隔離し、鉄肥沃化で炭素は効率的に下向きに輸送されるため、どちらも深海の全炭酸濃度を上昇させます。それは、炭酸塩堆積物の溶解とそれに続く海洋全体のアルカリ度(注4)の増加(炭酸塩補償; 注5)により増幅され、大気中二酸化炭素濃度の低下に大きく貢献することを明らかにしました。



発表雑誌
雑誌名: Science Advances

論文タイトル: Glacial carbon cycle changes by Southern Ocean processes with sedimentary amplification

著者: Hidetaka Kobayashi*, Akira Oka, Akitomo Yamamoto, Ayako Abe-Ouchi

doi: https://doi.org/10.1126/sciadv.abg7723


用語解説
・注1:最終氷期最盛期(Last Glacial Maximum: LGM)
更新世後期の現代に直近の氷期の最盛期で、約2万1000年前に相当します。南極大陸やグリーンランドだけでなく、北アメリカ大陸やスカンジナビア半島などにも氷床が発達し、氷床量の増加により、現代と比べて海水準がおよそ130m低下していたと考えられています。

・注2:化学トレーサー
海水に溶けた化学物質の濃度は、海洋の流れや混合、大気と海洋とのガス交換、生物による影響などを受けて変化します。また、流体の動きを追跡するために使われる特性は、トレーサーと呼ばれます。溶存化学物質やその同位体指標をトレーサーとして利用し、その分布を調べることは、海洋で何が起こったのかを理解するための手がかりとなります。

・注3:鉄肥沃化
現代の南大洋は表層海洋で栄養塩が豊富であるにもかかわらず、植物プランクトンがもつクロロフィル量が低い海域として知られています。その要因として、海水中の溶存鉄の不足が挙げられています。一方で氷期は、間氷期に比べて寒冷で乾燥した気候であり、観測的知見から風送ダストの沈着量が増えていたことが明らかになっています。海面におけるダスト起源の鉄供給の増加で、植物プランクトンが現代に比べて増殖していた可能性が考えられています。

・注4:アルカリ度
海水の酸緩衝能を示す指標で、海水の単位質量あたりのプロトン供与体に対するプロトン受容体の過剰量に相当する水素イオンのモル数で定義されます。海洋炭酸系の状態を示す重要なパラメータの一つです。炭酸系の他のパラメータが一定の条件下で、アルカリ度が上昇すると、海水の二酸化炭素分圧は低下します。

・注5:炭酸塩補償
海水中を沈降し、溶解することなく海底に到達した炭酸塩粒子は、堆積物中の間隙水における炭酸塩の飽和度に依存して溶解し、一部は堆積物として埋没し、地質学的スケールで地球を循環します。炭酸塩堆積物の埋没はアルカリ度の除去源となりますが、それは1万年以上の時間スケールで、岩石風化起源のアルカリ度の供給との均衡が保たれています。何らかの要因でそれらの均衡が崩れると、それらの均衡を保つ方向に海洋炭酸系が変化し、海洋全体のアルカリ度が変化します。


添付資料


図1.本研究で検討した現代(Modern)および最終氷期最盛期(LGM)における深層海洋循環、南大洋の海氷の範囲(sea ice)、風送ダスト沈着量(aeolian dust)、生物生産(biological production)、リソクライン(lysocline: 炭酸塩堆積物が急激に溶解し始める深度)の違いを示す模式図。大西洋子午面循環は、大西洋表層を北上して北大西洋深層水(NADW: North Atlantic Deep Water)が深層に沈み込む上部セルと、南極大陸周辺で南極底層水(AABW: Antarctic Bottom Water)が沈み込む下部セルで構成されます。堆積物コア記録から、氷期には現代を含む間氷期に比べて上部セルが浅くなっていたことが示唆されています。氷期の南大洋においては、海氷の張り出しの拡大と、深層の高塩化が生じており、海氷生成の増加とそれに伴う高塩分水(ブライン)排出が関連していると考えられます。また、氷河性を含む風送ダスト沈着量の増加は、海面に鉄を供給することで、植物プランクトンの生産性を向上させていたと考えられます。海洋深層の全炭酸濃度が増加することで炭酸塩の飽和度が低下し、炭酸塩堆積物が溶解する深度が浅くなります。





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関連リンク

大気海洋研究所 プレスリリース(2021年8月26日)