2021年11月25日 国立大学法人東京大学大気海洋研究所 プレスリリースにて
地球表層圏変動研究センター 小長谷貴志特任研究員、阿部彩子教授らが発表を行い、
記事が掲載されました。



掲載内容
気候と氷床のシミュレーションから示される退氷期の気候システムの変動
―北半球氷床と大西洋深層循環を通した急激な気候変化―


発表のポイント
◆退氷期(寒冷な氷期後、全球的に温暖化した時代)に急激な気候変化(注1)を生じた要因について、大気海洋結合モデル・氷床力学モデルによる過去2つの退氷期のシミュレーションの比較から調べました。

◆地球の軌道要素(注2)が、夏季気温を通して北半球氷床の融解を促進し、大西洋深層循環(注3)を弱く保つことで南半球に熱が蓄積され温暖化をもたらすメカニズムが、過去2つの退氷期に働き、異なる気候応答をもたらしたことを示唆しました。

◆過去の気候変動が、氷床と海洋循環の変動を通して形成されていることを示す結果であり、現在および将来の温暖化によって生じる氷床の融解と環境変動のしくみの理解に貢献するものです。


発表概要
退氷期は、寒冷な氷期から温暖な間氷期に移行する時期のことを指し、北半球の大陸を覆っていた氷床が後退し全球的な温暖化が生じた時代です。退氷期の気候変化の特徴の1つは、大西洋深層循環の変化を通した急激な気候変化が途中に生じているところにあります。大気海洋の流れの変化を通して、全球的に大きな気候影響を生じます。このような急激な気候変化は直近の退氷期には複数回ありましたが、1つ前の退氷期では1回のみだったことが分かっており、この違いが何によってもたらされたのかが示されていませんでした。

東京大学大気海洋研究所の小長谷貴志特任研究員、阿部彩子教授らは、全球気候モデルを用いて過去2つの退氷期を比較する古気候実験を行いました。その結果、北半球氷床の融解水の量が異なると観測された急激な気候変化の特徴が再現されることが分かりました。これは氷床の融解水が多いと、温暖化が大西洋深層循環を強めようとする働きを阻害するためで、過去2つの退氷期で海水準の上昇速度が異なることと整合する結果です。また北半球氷床の融解には地球の軌道要素の違いが関わることを北半球氷床モデルの古気候実験から示しました。以上の結果は、氷期サイクルを駆動する地球軌道要素が北半球氷床を融解させて大西洋深層循環に作用することを通して、過去2つの退氷期の気候変化の違いの原因となることを示唆します。


発表雑誌
雑誌名: Scientific Reports

論文タイトル: Abrupt climate changes in the last two deglaciations simulated with different Northern ice sheet discharge and insolation

著者: Takashi Obase*, Ayako Abe-Ouchi, Fuyuki Saito

doi: https://doi.org/10.1038/s41598-021-01651-2


用語解説
・注1:急激な気候変化
グリーンランドの氷床コアに残されている急激な温暖化・寒冷化イベントのことを指し、グリーンランドにおいて数十年程度の間に10℃近い気温変化を生じるイベントです。北大西洋子午面海洋深層循環の変化によって生じていると考えられており、氷期に20回以上という頻度で発生したことが分かっています。大気海洋の流れによる熱分配の変化を通して、北大西洋から離れた地域を含め全球的に大きな気候影響を生じます。
※注1の参考資料:2017年のプレスリリース 「過去72万年間の気候の不安定性を南極ドームふじアイスコアの解析と気候シミュレーションにより解明」
https://www.aori.u-tokyo.ac.jp/research/news/2017/20170209.html

・注2:地球の軌道要素
地球公転軌道の離心率(真円からのずれ)、地軸傾斜、近日点の位置の3要素からなります。これらの3要素が数万年の周期で変動すると地球が緯度ごとに受け取る太陽からの入射量が変動します。特に北半球夏季の日射量変化が北半球の大陸氷床の融解量の変化を通して氷床の拡大と縮小を引き起こすことで、氷期間氷期サイクルが形成されています。

・注3:大西洋深層循環(AMOC, Atlantic Meridional Overturning Circulation)
北大西洋域の重い水の沈み込みによって駆動されている大洋をまたぐ全球的な循環です。特に大西洋域では熱量を南から北に運ぶ役割を持っています。地球の大気と海洋の温度はこの熱量の分配によって決まっており、この海洋深層循環が強くなると、北半球にはより多くの熱量が運び込まれるようになります。そうすると、南半球にとっては熱量がより北半球側に流出することになるので、南極域を含む南半球の気温が下がる結果になります。 氷床が融解すると、融解した水は河川を通して最終的には海洋に到達します。このとき、塩分を3.5%含む海水に比べ、氷床の融解水は塩分を含まない淡水のためとても軽いので、海洋の表面付近の海水密度を効率的に低下させる働きを持ちます。北大西洋子午面海洋深層循環は北大西洋域の重い水の沈み込みによって駆動されますから、表面付近の海水密度の低下はこの沈み込みを阻害するように働くので深層循環が弱くなります。


添付資料


図1.(論文のFig.1から抜粋):2つの退氷期(赤, 黒)の大気海洋結合モデル実験(右)と地質記録(左)を比較した図(いずれも左から右に向かって時間が経過する)です。AとBがモデル実験設定に対応し、淡水流入量が異なる実験設定であることを示します。CからEがモデル実験の結果に対応し、(C) AMOC(北大西洋子午面海洋循環)の強弱の変動について、赤で示した実験では12.8万年ごろまで弱い状態を継続する特徴を表現しています。(D) (E) の南極気温と全球平均した海水温について、いずれも12.8万年ごろまで温度上昇を続けるという特徴を再現しています。一方、黒で示した実験では、AMOCが強弱を1回振動し、AMOCの強化が海洋の熱輸送を通して南極気温の低下を生じていることが分かります。図の灰色の塗りつぶしで示した時期は、地質記録に基づいたAMOCの強弱の1周期、赤・黒の点線で示した時刻はそれぞれの間氷期の開始時期を示しています。




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関連リンク

大気海洋研究所 プレスリリース(2021年11月25日)