2022年5月20日 国立大学法人東京大学大気海洋研究所 プレスリリースにて
地球表層圏変動研究センター 横山祐典教授らが発表を行い、記事が掲載されました。
図1.南極氷床と氷床底の基盤高度(Bedmap 2: Fretwell et al. 2013を基に作図)。西南極のほとんどは水色で、氷床が海底に直接着底していることがわかる。
図2.本研究対象地域(点線で囲まれた四角)。赤線は温暖な海流、青線は寒冷な海流。今回の研究結果と先行研究の海洋コア(ODP1098)と氷床コア(WAIS氷床コア)の結果は、海流の変化と大気の川による気温と降雪量の増加を明確にとらえていた。
図3.微量での高精度な年代測定が可能になった日本で唯一の東京大学大気海洋研究所に設置のシングルステージ加速器質量分析装置。(a)全景。(b)24万ボルトの加速部。
図4.海洋堆積物に残された化学指標(ベリリウムの同位体(10Beと9Be)と有機炭素含有量(TOC))が示す海洋と氷床、棚氷環境の違い。
図5.海洋堆積物に残された化学指標(ベリリウムの同位体(10Beと9Be))と先行研究による陸域氷床の高度低下。9-6千年前にかけての氷床高度低下のシグナルが、融氷水の増加の指標としての10Be/9Beに明確に残されている。近隣の氷床コアの気温と降雪量の増加、海洋コアの分析結果から、温暖な海流の氷床付近への侵入より大気の川による融解の影響が強かったことが明らかになった。
掲載内容
大気の川が引き起こした過去の南極氷床融解
発表のポイント
◆「大気の川(AR: Atmospheric River)」(注1)に起因した、過去の西南極氷床(注2)の大規模融解のメカニズムをつきとめました。
◆遠く離れた太平洋低緯度地域の変化によって南極氷床の融解が引き起こされるということが新たにわかりました。
◆今後が危惧される南極氷床の安定性が現在進行中の地球温暖化で熱帯域の気候変動が起きた時にどうなるか、気候モデルの分析・予測精度向上に貢献すると考えられます。
発表概要
東京大学大気海洋研究所のAdam Sproson 外国人特別研究員(研究当時)、横山祐典教授らの研究チームは、米国アラバマ大学のRebecca Totten助教授ともに、9-6千年前にかけての南極氷床の融解が大気の川による温暖で湿潤な空気の流れ込みが引き金で起こったことを明らかにしました。
大気海洋研究所のグループで開発した加速器質量分析法を駆使した新しい化学分析手法を用いることで、これまで着目されていなかったメカニズムによって過去に氷床融解が起こったことを初めて明らかにしました。
現在進行中の地球温暖化でもっとも危惧されている事象のひとつは、南極やグリーンランドの氷床融解による海面上昇です。特に西南極氷床は融解すると世界の海水準を3-5m上昇させうる淡水を蓄えていますが、陸上ではなく海底に直接着底していることにより(図1)地球温暖化に伴う影響をより大きく受け、気候モデルによると将来にわたって地球温暖化が継続すると西南極氷床は完全になくなるとされています。しかし、どのようなメカニズムでその融解が起こりうるのか、これまで、実際のデータに基づいた議論をされたことは限られていました。
本研究の成果は、将来の海水準変動予測の高精度化に貢献することが期待されます。また、2022年3月に南極で観測された通常より40℃高い気温を引き起こした「大気の川」と同様の現象により、過去に西南極氷床を融解させたという重要な知見となります。
発表内容
現在の海面上昇のうち南極氷床からの融解のほとんどを占めているのが西南極のアムンゼン海に面した南極氷床の融解です(図2)。融解の原因は、海洋側と大気側それぞれの原因が報告されています。つまり、より温暖な海水が氷床近くへ侵入することによる海洋側に起因する融解と、暖かい空気の流れ込みによる大気側が原因となる表層の融解です。2022年3月、南極の複数の地点で通常より20-30℃も高い気温が観測されたことが報告されました。これは大気の川と呼ばれる現象によって、低緯度地域から南極へと暖かく湿った空気が流れ込んだためと考えられています。
現在進行中の地球温暖化でもっとも危惧されていることのひとつが、南極氷床の安定性です。地球温暖化に伴って大規模の融解が起こるのかどうかが焦点となっています。特に極域に存在する氷床の融解は、世界の海水準をメートル規模で変化させる可能性があります(図1)。その中でも特に脆弱性が指摘されているのが西南極氷床です。というのも、この氷床は海底に直接着底しており、海水温の上昇や海流の変化により不安定化することが大いに考えられるからです(図2)。過去数十年間の人工衛星による観測でも西南極氷床の融解が進んでいることが観測されていますが、この氷床が融解すると世界の海水準を5mほど上昇させると考えられています。
今回、横山教授らの研究グループは、現在も融解が進んでいることが知られている、西南極のアムンゼン海のコスグローブ氷棚近海の海底から堆積物試料を採取しました(図2)。過去にこの近辺の氷床融解が起こっていたことが、陸上の記録によって報告されていました。そこで融解メカニズムについて明らかにするための試料の採取を行ったのです。氷床が融解したタイミングの決定には高精度放射性炭素(14C)年代決定法を用いました。微量な試料を東京大学大気海洋研究所に設置されている日本で唯一のシングルステージ加速器質量分析装置を用いて高精度で分析を行いました(図3)(関連論文1項参照)。また、氷床融解のシグナルをとらえるためのベリリウム(10Be、9Be)の同位体を分析する化学分析手法を開発し(図4)、それを適用しました(関連論文2,3項参照)。
その結果、これまで知られていた温暖な海水のこの海域への侵入の他に、大気の川による暖かく湿った空気の流れ込みによる融解が引き起こされていたことがわかりました。この地域の南極氷床は、9-6千年前にかけて、厚さが最大900mも低下したことがわかっており、大気循環の変化が温暖な気流を南極にもたらすことで、氷床の表面融解を促進させたことがわかりました(図5)。
これらのデータは、今後の地球温暖化と氷床の変化についての気候モデルおよび氷床モデルを用いた予測の高精度化に役立つことが期待されます。現在の観測から、大気の川がより極域まで延びて、近年の表面融解を促進していることが報告されてきています。今回の成果を用いることで、より長期的に影響評価を行うことが可能となり、今後の西南極氷床の変動予測のモデルの精度向上にも貢献することができます。また、将来の海水準変動の精度の高い予測ができるようになることが期待されます。
・関連論文1:
Yokoyama, Y. et al. (2019a) A single stage Accelerator Mass Spectrometry at the Atmosphere and Ocean Research Institute, the University of Tokyo. Nuclear Instruments and Methods in Physics Research Section B, 455, 311-316.
・関連論文2:
Yokoyama, Y. et al. (2019b) In-situ and meteoric 10Be and 26Al measurements: improved preparation and application at the University of Tokyo. Nuclear Instruments and Methods in Physics Research Section B, 455, 260-264.
・関連論文3:
Sproson, A. D., Aze, T., Behrens, B., and Yokoyama, Y. (2021) Initial measurement of beryllium-9 using high-resolution inductively coupled plasma mass spectrometry allows for more precise applications of the beryllium isotope system within the Earth Sciences. Rapid Communications in Mass Spectrometry, 35, e9059.
発表雑誌
雑誌名:Nature Communications
論文タイトル: Holocene melting of the West Antarctic ice sheet driven by tropical Pacific warming
著者: Adam D Sproson*, Yusuke Yokoyama, Yosuke Miyairi, Takahiro Aze and Rebecca L.Totten
doi: https://doi.org/10.1038/s41467-022-30076-2
用語解説
・注1:大気の川(AR: Atmospheric River)
低緯度の温暖で湿潤な大気がまるで川のように連続的に流れ込む現象。日本でも線状降水帯として局地的な大雨を短時間にもたらす現象として知られている。
・注2:西南極氷床
南極横断山脈を挟んで西側の地域。西南極氷床が全て融解すると世界的に海水準を5m以上上昇させるほどの氷を蓄えている。ほとんどの部分が海底に直接着底しているために、海洋循環や地球温暖化による影響を受けて、とけやすいと考えられている。
添付資料
関連リンク
・大気海洋研究所 プレスリリース(2022年5月20日)