2022年7月15日 国立大学法人東京大学大気海洋研究所 研究トピックスにて
地球表層圏変動研究センター 兵藤 晋教授らが発表を行い、記事が掲載されました。



掲載内容
サメにエコー:超音波画像診断と ホルモン測定からサメの産卵周期を読み解く


成果概要
全ての軟骨魚類は交尾を行う動物で、卵生から胎生まで多様な繁殖様式が知られています。しかしながら、魚類の中でも極めて特徴的な生殖を行うにもかかわらず、そのメカニズムはほとんど知られていませんでした。東京大学大気海洋研究所と沖縄美ら島財団(美ら海水族館)、アクアワールド茨城県大洗水族館の共同研究グループは、卵生のトラザメを用いて、エコー検査とホルモン測定を半年間繰り返すことで、非侵襲的に生殖周期を把握し、生殖周期における様々な現象がホルモンによってどのように制御されるのかを見出しました。本研究の成果は、今後の軟骨魚類生殖メカニズム解明に向けての基礎となる知見を提供し、絶滅危惧種が増加する軟骨魚類の保護、海洋生態系の保全にも繋がると期待されます。


発表内容
【研究背景】
サメ・エイ・ギンザメからなる軟骨魚類は様々な特徴を有しています。その中でも最も特徴的と言えるのが繁殖戦略です。全ての軟骨魚類は交尾をする動物で、体内で受精を行います。その繁殖様式は卵生から胎生まで多様で、胎生と言っても、卵黄だけに依存して成長するものから、子宮内でミルクを飲むもの、胎盤をとおして栄養を得るものまで様々です。しかし、このような特徴的な生殖がどのように制御されているのか、そのメカニズムの理解は極めて遅れていました。その一方で、この50年間で主要なサメ・エイ類の資源量は70%減少し(文献1)、現存種のうち30%を超える種が絶滅危惧種に登録されるなど、軟骨魚類を取り巻く環境は厳しさを増しています。軟骨魚類は成長や成熟に至る期間が長く、繁殖力も低いため、一度数が減ってしまうと再び個体数を増やすことが困難です。海洋生態系の高次捕食者である軟骨魚類の理解・保護は、海洋生態系の保全や生物多様性の維持にとっても重要であり、生殖メカニズムの理解はそのために必要不可欠です。
大型の外洋性種が多く、妊娠期間も長い胎生種の研究が難しいことは想像に難くありませんが、比較的研究が容易だと思われる卵生種でも、その研究は進んでいません。私たちが研究に用いている卵生のトラザメを例にとると、交尾後メスは受け取った精子を卵殻腺という器官に長期間貯蔵します。この貯蔵した精子を使用して、長いものでは半年以上、再び交尾することなく繰り返し産卵を行うことができます。すなわち、外見的には、いつ排卵、受精が行われ、産卵されるのかがわからず、このような生殖の特徴が研究を難しくしてきました(図1)。近年、水族館等では、大型の魚類や海棲哺乳類の健康診断や妊娠状態の把握のために、エコー検査(超音波画像診断)(注1)が用いられています。エコー検査を魚類研究の場に応用することで、生殖(産卵)周期を非侵襲的に把握できれば、生殖メカニズム研究のためのブレークスルーとなると考え、本研究を開始しました。

【研究内容】
東京大学大気海洋研究所と沖縄美ら島財団(美ら海水族館)、アクアワールド茨城県大洗水族館の共同研究グループは、卵生軟骨魚類であるトラザメ(Scyliorhinus torazame)に対して訪問看護用の簡易エコー装置を用いて体内を検査し、輸卵管内に存在する卵殻に包まれた受精卵(注2)を検出できることを見出しました(図2)。トラザメは夜間に活動するため日中は水槽の底部でじっとしていることが多く、エコー検査もトラザメから数cm離して行うことが最適であったことから、非麻酔・非拘束下で、対象動物に全くストレスをかけることなくエコー検査を行うことができました。このエコー検査を複数のトラザメ雌個体に半年間ほぼ毎日行った結果、繰り返し起こる産卵周期を非侵襲的に(注3)明らかにすることに成功しました(図2)。産卵周期の長さと間隔は個体ごと、さらには同一個体内でも周期によって異なったことから、産卵周期の同定にエコー検査が有効であることを示しています。エコー検査に加え、3日に一度、あるいは毎日少量の採血(注4)を繰り返した結果、産卵周期に同期した、血液中のステロイドホルモンの変動を見出しました(図2)。特に、受精卵が輸卵管内に見出される2日前にプロゲステロンが一過的な上昇を示すこと、産卵周期が止まってしまう前にはエストラジオールとテストステロンがほぼ検出できなくなるほど低下してしまうこと、などが明らかになりました。

【社会的意義・今後の展望】
エコー検査により産卵周期が同定でき、産卵周期と同期した血液中のホルモンレベルの変動が明らかになったことで、これまで不明であったサメ・エイ類の生殖のメカニズムが今後飛躍的に明らかになることが期待されます。特に、プロゲステロンの一過的上昇は受精や卵殻の形成等への関与、エストラジオールとテストステロンを人為的に適切に補充することで、産卵周期を維持させることの可能性も示されました。今後は性ステロイド以外のホルモンの変動や、胎生種での研究など、軟骨魚類全体の生殖メカニズムの解明につながることが期待されます。飼育下のトラザメで生殖制御メカニズムの一端を明らかにした本研究は、軟骨魚類の繁殖に関する基礎的知見を提供するだけでなく、飼育下での人工繁殖など、絶滅危惧種が増加するサメ・エイ類の保護、海洋生態系の維持にも貢献すると期待されます。

・文献1:
Dulvy et al., Current Biology, 31, 4773-4787, 2021


発表雑誌
雑誌名:General and Comparative Endocrinology

論文タイトル: Long-term monitoring of egg-laying cycle using ultrasonography reveals the reproductive dynamics of circulating sex steroids in an oviparous catshark, Scyliorhinus torazame

著者: Takuto Inoue, Koya Shimoyama, Momoko Saito, Marty Kwok-Shing Wong, Kiriko Ikeba, Ryo Nozu, Rui Matsumoto, Kiyomi Murakumo, Keiichi Sato, Kotaro Tokunaga, Kazuya Kofuji, Wataru Takagi, Susumu Hyodo*

doi: https://doi.org/10.1016/j.ygcen.2022.114076



用語解説
・注1 エコー検査(超音波画像診断):
体表から体内に超音波を発信し、はね返ってくる反射波を画像化する。人間では腫瘍や結石などの診断に用いられるが、今回は輸卵管内の卵殻(超音波を反射するので白く光る)を見るために使用した。陸上では、効率的に体内に超音波を送受信するためにゼリーを塗って体に送受信器(プローブ)を密着させるが、水中では必ずしも体に密着させる必要はない。

・注2 トラザメの受精卵:
卵生のサメ・エイ類の受精卵は、固い殻に包まれ、その中でトラザメの場合には約半年間かけて発生・成長、孵化にいたる。殻の形状は種によって異なり、トラザメの場合には図2に示す「人魚の財布」ともよばれる特徴的な形をしている。

・注3 非侵襲的な検出:
通常、体内に存在する受精卵の存在を調べるためには解剖する必要があるが、エコー検査では対象動物を傷つけることなく調べることができる。

・注4 魚類の採血:
よく行われる方法は、麻酔下で、尾部の背部血管系に針を刺して血液を得る。少量ずつ行えば、継続的に同じ個体から採血しても大きなダメージはない。


添付資料



図1.本研究で用いたアカエイ(Hemitrygon akajei)。日本を含む東アジアに広く分布する。




図2.淡水移行に伴うアカエイの体液(尿・血液)組成の変化。尿中濃度と血中濃度の比をとることで、正規化を行っている。淡水移行したアカエイでは、腎臓での溶質再吸収が亢進するため、尿中の浸透圧と塩分(Na+およびCl-濃度)が低下し、結果として尿中濃度と血中濃度の比が小さな値になる。




詳しくはこちらをご覧下さい。

関連リンク

大気海洋研究所 プレスリリース(2022年7月15日)