2022年10月24日 国立大学法人東京大学大気海洋研究所 研究トピックスにて
地球表層圏変動研究センター 横山 祐典教授らが発表を行い、記事が掲載されました。



掲載内容
解決されたという30年来のミッシングアイス問題~実は未解決

成果概要
東京大学大気海洋研究所の横山祐典教授はオーストラリア国立大学、シドニー大学そして九州大学の研究者と共に、“ミッシングアイス問題(注1)”についての新たな知見を得ました。これは将来の海水準上昇予測に重要な直近の氷期の最大氷床量の誤差が、見積り方法によって世界平均海水準換算で20-30mあるというものです。今回は、最新の氷床モデルを用いたドイツの研究機関などの2021年の研究結果に、実は問題があるということを指摘、特に南極氷床の氷床量の見積もりに大きな不確定性が残っていることを発見しました。これは、アメリカ大陸や北欧などの地質学的データを説明することが可能な最新数値モデルで提唱された、2021年発表の氷床量の復元結果には重大な欠陥が存在し、現在のグリーンランドの氷床量の3-5倍もの量が説明できていないことを明らかにしたものです。


発表内容
東京大学大気海洋研究所の横山祐典教授はオーストラリア国立大学、シドニー大学そして九州大学の中田正夫教授らと、将来の海水準変動予測の鍵の一つである、直近の氷期の氷床量に関しての新しい知見を得て、英国Nature Communications誌に発表しました。現在の温暖化で重要な問題である海水準上昇の将来予測を正確にするには、南極やグリーンランドなど氷床の安定性に関する知見が重要ですが、2万年前の直近の氷期の最盛期(LGM)(注2)における最大氷床量が、世界平均海水準(GMSL)(注3)換算でどれだけになるのかを正確に求める必要があります。しかしこれまで、LGMの最大氷床量の見積もりは研究によって、GMSL換算で20-30mにも及ぶことが知られており、この問題はミッシングアイス問題と呼ばれています。現在のグリーンランド氷床が全てとけた場合にはGMSLを7m上昇させるため、グリーンランド氷床の体積と比べると、その総量の3倍以上の誤差が生じていることになるわけです。このミッシングアイス問題が初めて指摘された1989年以来、気候研究上の大きな問題とされてきました。しかし、2021年にドイツのグループが最新の氷床モデルを用いて、これを解決したと発表しました。これまで最も正確とされていたGMSLよりも20mも当時のGMSLが小さいという結果でした。

このモデルは旧氷床域の平面的な拡大規模などに限っては正確に再現することを示し、30年来の問題を解決したとして大きな注目を浴びました。彼らは旧氷床域のデータのみで数値モデルを作り、それを使って海水準の変化がどうなるかという検討を行っています。ところが、同モデルによる予測値はIPCC(注4)の最新の報告書でも採用されている観測値を説明することができておらず、多くの場合、当時のサンゴや貝などの生物が海面上に生息していたとしなければならないなどの問題があり、提唱された氷床量がかなり過小評価されていることを横山教授らの研究グループは指摘しました(図1)。またドイツのグループの出した見積りは氷床の成長や融解に伴う地球の表層での荷重の空間分布の変化が引き起こす、固体地球の変形を十分に考慮できておらず、そのことが一見、ミッシングアイス問題を解決したように見えたという重要な点も指摘しました(図2)。またドイツのグループが提唱した新しいモデルではLGMよりも前の3万年から4万年前の氷床量もGMSL換算で30mほど過小評価していることを指摘しました。

横山教授らは地球温暖化に伴う海水準変動を議論する上で重要なLGMの氷床量を復元する際に、固体地球の変形を考慮しなければ正確な予測ができないことを指摘しました。LGMよりも前の氷床復元の正確な見積は、人類がアフリカを出て世界に拡散したルートなどを考える考古学および人類学的な点でも重要な情報です。今後、多くの高精度年代測定データをもつ観測値を増やすことや、固体地球の変形モデルの高精度化を行うことで、ミッシングアイス問題を解決できると考えられます(図3)。


発表雑誌
雑誌名:Nature Communications

論文タイトル: Towards solving the missing ice problem and the importance of rigorous model data comparisons

著者: Yusuke Yokoyama*,Kurt Lambeck, Patrick De Deckker, Tezer M. Esat, Jody M. Webster and Masao Nakada

doi: https://doi.org/10.1038/s41467-022-33952-z

用語解説
・注1   ミッシングアイス問題:
30年来の古気候学の問題。海水準の変化は全球の氷床がとけたことが主因で起こるため、それは各々の氷床復元量を足し合わせたものと合致する必要があるが、それに不一致が存在する。現在進行中の温暖化に伴う氷床の安定性を予測する上でも極めて重要な問題。

・注2  LGM:
地球の気候は周期的に氷期―間氷期といった大規模な変化を繰り返しているが、2万年まえの直近の氷期の最盛期のことをLGMという。人為起源の影響がない時期に自然の変動で地球がどのくらいまで寒冷になるかなどを探る上で重要な時期。

・注3   GMSL:
世界平均海水準。海水準変動は世界中でその観測値が異なる。固体地球の変形を考慮する必要があるためで、氷床量として換算できるのは世界平均の海水準である。

・注4  IPCC:
国連の気候変動に関する政府間パネル。



添付資料



図1.ミッシングアイス問題を解決したとするGowan et al (2021) のモデルによる予測値(黒線)と実際の観測値(青および黄色のポイント)。実線とデータの差は依然として20mほど存在しており、モデルは海水準のデータを正確に表していない。




図2.LGMから現在の地球表層の変形の様子。これらを正確に把握しなければ将来の海水準上昇予測を正しく行うことができない。




図3.海水準を正確に記録するサンゴ礁資料。オーストラリアグレートバリアリーフの海面下120mほどまで掘削し、LGMのサンプル採取している様子(左)と、海面下5mほどに生息する現在のサンゴ(中)と、図1の実際の観測データの復元に使用された大気海洋研究所に設置され、世界最高の分析精度を誇る、日本唯一のシングルステージ加速器質量分析装置。写真は24万ボルトになる加速デッキ部(右)。




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関連リンク

大気海洋研究所 研究トピックス(2022年10月24日)