2023年6月1日 国立大学法人東京大学大気海洋研究所 プレスリリースにて
地球表層圏変動研究センター 兵藤 晋教授らが発表を行い、記事が掲載されました。
(A) 2018年5月、(B)2021年5月、(C)2021年6月、(D) 2020年9~10月の観測点。背景の色は観測期間中の流速を、矢印は流速ベクトルを表す。流向・流速はOcean Surface Current Analysis Real-time data (https://sealevel.jpl.nasa.gov/documents/1641/)よりデータを取得。
(A)マイワシ、(B)カタクチイワシ、(C)マサバ、(D)ゴマサバ。○印のサイズは対象魚のDNA濃度を表し、×印は対象魚のDNA が検出されなかった測点を表す。○印と×印の色は各研究航海を示す。
(A)マイワシ、(B)カタクチイワシ。横軸は水温を、縦軸はそれぞれの魚種の分布依存性(青線)を示す。赤い点線の間は、95 %信頼区間を表す。
(A)マサバ、(B)マイワシ。横軸はカタクチイワシの環境DNA濃度を、縦軸はそれぞれの魚種の分布依存性(青線)を示す。赤い点線の間は、95 %信頼区間を表す。
掲載内容
黒潮の環境DNAから青魚の分布特性を探る
発表のポイント
◆黒潮域の海水中に含まれる環境DNAを用いた調査から、さば類はカタクチイワシが多い海域に集中していることが明らかにされました。
◆外温動物である魚類は通常水温に依存した分布を示しますが、魚食性の強いさば類は水温よりも餌料とするカタクチイワシに強く依存した分布を示すことがわかりました。
◆地球温暖化影響下でのさば類の分布予測などを行う際に、水温だけでなく餌料となる魚類の分布変化も加味することで予測精度が向上することが期待されます。
発表概要
東京大学大気海洋研究所の伊藤進一教授、兵藤晋教授らを中心とする研究チームは、自ら開発したマイワシ、カタクチイワシ、マサバ、ゴマサバなど青魚と呼ばれる小型浮魚類(注1)から海水中に放出されたDNA(環境DNA)(注2)を定量分析するqPCR法(注3)(Wong et al., 2022)を利用して、黒潮周辺海域における小型浮魚類の分布を調査しました。この結果得られた小型浮魚類の分布と、水温などの環境データとを比較し、小型浮魚類の分布特性を明らかにしました。
魚類は周囲の水温によって体温が変化する外温動物であるため、一般的に水温に強く依存した分布を示すことが知られています。本研究の解析結果でも、マイワシ、カタクチイワシは水温に強く依存した分布を示しました。これに対し、マサバ、ゴマサバなどのさば類は、水温よりもカタクチイワシに強く依存した分布を示すことが明らかにされました。マサバ、ゴマサバは成長とともに魚食性が増し、カタクチイワシを主餌料としていることから、さば類は餌料が得られる海域に分布を集中させることが推察されました。
本研究では、環境DNAを用いて広域の魚類分布特性を調べ、魚食性魚類が餌料魚の分布に依存していることを明示した初めての研究となります。地球温暖化影響下での魚食性魚類の分布予測を行う際に、餌料となる魚類の分布変化も加味することで予測精度が向上することが期待されています。
発表内容
【研究の背景】
青魚と総称されるマイワシ、カタクチイワシ、マサバ、ゴマサバなどの小型浮魚類は、漁獲量が多く、人類にとって重要なたんぱく源となっているほか、飼料、肥料としても用いられ、陸上での食料生産にも大きく寄与しています。しかし、これらの小型浮魚類は海洋表層に生息するため、気候変動の影響を受け、漁獲量が大きく変動することが知られています。日本周辺海域では、数十年ごとに漁獲の主体となる魚種がマイワシからマサバそしてカタクチイワシなどに周期的に入れ替わる魚種交替が顕著な現象として知られています。
また、魚類は周囲の水温によって体温が変化する外温動物であるため、地球温暖化の進行に伴い高緯度へと分布を移動することが指摘されています。しかし、種によって分布の移動速度は異なっており、単純に水温の変化に応じて移動しているわけではなく、実際の魚類の分布がどのように決定されているのか解明することが求められていました。
近年、魚類から海水中に放出された環境DNAを分析することによって魚類の分布を調べる方法が開発され、魚も殺傷せず、比較的低コストで魚類の分布を調べることが可能になりました。特に青魚については、マイワシ、カタクチイワシ、マサバ、ゴマサバ、マアジ、サンマの環境DNAを同時に定量的に調べる方法が開発され(Wong et al., 2022)、6種の分布を効率的に把握することが可能になりました。
【研究の内容】
本研究では、小型浮魚類が豊富に分布する黒潮流域で広域に採取した海水サンプル中の環境DNAを分析することで、小型浮魚類の分布を広域に調査し、同時に観測した水温、塩分、海水中の酸素濃度、植物プランクトンを指標するクロロフィル量との比較を行いました。黒潮流域で、東北海洋生態系調査研究船「新青丸」を使用して実施した3つの研究航海(2018年5月、2021年5月、2021年6月)と学術研究船「白鳳丸」を用いた1つの研究航海(2020年9〜10月)(図1)で、観測を実施した結果、多数の点でマイワシ、カタクチイワシ、マサバ、ゴマサバの環境DNAが検出されました(図2)。季節が同じ新青丸の3つの航海の検出・非検出および検出DNA濃度と環境要因との関係を分析しました。
マイワシとカタクチイワシの分布は、水温に強く依存しており、マイワシは低水温の方が検出されることが多いのに対し、カタクチイワシは高温の方が検出される傾向が高く(図3)、これまでの研究結果と同じく、カタクチイワシがマイワシよりも高水温を好む性質を示しました。一方、さば類は水温などの環境要因よりもいわし類、特にカタクチイワシへの依存性の方が高いことがわかりました(図4)。マサバはカタクチイワシの環境DNA濃度が高くなるほど検出される頻度が高まり、ゴマサバはカタクチイワシの環境DNA濃度が高い海域で検出が急激に多くなる傾向を示しました。カタクチイワシはさば類の主な餌料の一つであり、魚食性の強いさば類が餌料とする魚類の分布に依存していることが推察されました。
【今後の展望】
本研究は、環境DNAを用いることで小型浮魚類を捕獲することなく、黒潮流域を広範囲に調査し、分布特性を調べることに成功しました。従来はトロール網などの漁具を用いて魚類の分布を調査していたため、空間的に高解像度な観測は困難でしたが、環境DNAを用いることで黒潮流域のように複雑な海洋構造を持つ海域でも、環境データと同時に魚類の分布を調べることが可能であることを示しました。今後は、これらの技術を使うことで、様々な魚類の分布特性を明らかにすることが期待されます。
また、本研究は、5~6月と季節的には限定されていますが、魚食性魚類が餌料魚の分布に依存していることを明示しました。地球温暖化影響下では、魚類は適水温の移動とともに分布域を変化させるとこれまで考えられてきましたが、魚食性魚類の分布予測を行う際には餌料となる魚類の分布変化が重要となることを示唆しました。今後は、他の季節の分布特性も調べ、餌料魚の分布も加味することで将来の分布予測精度が向上することが期待されています。
・関連のプレスリリース:
「海水に含まれるDNAから外洋の小型浮魚類の分布を探る」(2022/09/08)https://www.aori.u-tokyo.ac.jp/research/news/2022/20220908.html
・参考文献:
Wong M. K., S. Nobata, S. Ito and S. Hyodo, 2022, Development of species-specific multiplex real time PCR assays for tracing the small pelagic fishes of North Pacific with environmental DNA. Environmental DNA, 4, 510-522. https://doi.org/10.1002/edn3.275
発表雑誌
雑誌名:Frontiers in Marine Science
論文タイトル:
Environmental DNA in the Kuroshio reveals environment-dependent distribution of economically important small pelagic fish
著者:
Zeshu Yu, Marty Kwok-Shing Wong, Jun Inoue, Sk Istiaque Ahmed, Tomihiko Higuchi, Susumu Hyodo, Sachihiko Itoh, Kosei Komatsu, Hiroaki Saito, Shin-ichi Ito*
doi: https://doi.org/10.3389/fmars.2023.1121088
用語解説
・注1 小型浮魚類:
マイワシ、カタクチイワシ、マサバ、ゴマサバ、マアジ、サンマなど、海洋表層に分布する小型魚の総称。
・注2 環境DNA:
生物から環境中に放出されたDNAの総称。海洋では、海洋生物から海水中に放出された生物片(魚類の場合、鱗や粘液など)に含まれるDNAを調べることによって、その海域に存在した海洋生物を特定できる。
・注3 qPCR法:
特定の種のDNAを検出するために、ポリメラーゼ連鎖反応(polymerase chain reaction: PCR)を用いて解析対象遺伝子領域を増幅させる方法のうち、定量的にDNA量を求める方法をqPCR(quantitative PCR)法と呼ぶ。本研究では、Wong et al. (2022)で開発したマイワシ、カタクチイワシ、マサバ、ゴマサバ、マアジ、サンマの6種の小型浮魚類のDNAを検出する方法を用いた。
添付資料
図1.本研究の海水サンプル採集および環境データ観測点(丸印)
図2.水深 60 m 以浅の各対象魚のDNA濃度
図3:いわし類の分布の水温依存性
図4:さば類の分布のカタクチイワシ環境DNA濃度への依存性
関連リンク
・大気海洋研究所 プレスリリース(2023年6月1日)