2024年6月30日 国立大学法人東京大学大気海洋研究所 プレスリリースにて
地球表層圏変動研究センター 横山祐典教授らが発表を行い、記事が掲載されました。



掲載内容
個体別のスケトウダラの回遊履歴復元 ―北海道周辺の3グループの生態履歴―


発表のポイント
◆水産資源として重要な魚種の個体別の移動や摂餌の履歴を読みとれるようにすることは、持続可能な資源確保の観点からも生態学的にも重要です。
◆本研究では耳石にわずかに含まれる炭素14の濃度を時系列で分析することで、北海道周辺のスケトウダラが個体毎にどのような回遊をしていたのかを明らかにしました。
◆耳石の炭素14分析は、回遊履歴を解明して水産資源の動態変化を理解することができる強力なツールであり、水産資源の持続可能な利用に役立つ解析手法として広く導入が期待されます。


発表概要
東京大学大学院理学系研究科修士課程(研究当時)の安東梢氏、同大学大気海洋研究所横山祐典教授らと、水産研究・教育機構水産資源研究所の境 磨 底魚資源部底魚第1グループ長らの研究グループは、近年開発された実験装置を用いて北海道周辺で捕獲された(図1)スケトウダラの耳石(注1)中の天然の放射性炭素(炭素14:注2)の分析を行い、個体毎の回遊履歴について復元しました。その結果、北海道周辺の3つの海域(日本海北部、オホーツク海南部、太平洋)のスケトウダラは、それぞれ炭素14濃度も3つのグループに分かれることが確認され、それぞれのグループに属する個体の多くが、ふ化から漁獲されるまで同じ海域におおむねとどまっていたことが示されました。さらに、日本海北部とオホーツク海南部のグループの複数個体では、漁獲された海域から大きく離れて回遊した可能性も明らかになりました。これは北海道周辺のスケトウダラが海域を跨ぐような広域にわたって回遊したことを示唆するものであり、持続可能な水産資源管理を行う上で重要な情報となります。


発表内容
海洋生物の回遊経路を明らかにすることは生態学的に重要であるとともに、持続可能な水産資源の保全という観点からも鍵となる情報です。生物の回遊経路を復元する技術として、個体毎に発信機を装着し、人工衛星などで信号を受信しながら追跡するバイオロギングが知られており、装置の小型化などに伴って飛躍的な進歩を遂げています。一方、バイオロギングでは機器を装着した後の情報しか取れないなどの問題点も残っており、生物の生涯を通じた回遊履歴を把握できる手法の開発が望まれています。魚類の生まれた直後からの生態学的情報の復元には、生態情報を時系列で記録した硬組織である耳石が広く使われてきました。しかし従来法で得られる耳石の物理的・化学的な情報からは魚類の回遊履歴に関する細かな情報を得ることは困難でした。

そこで本研究では、新たに開発した装置を用いて北海道周辺で漁獲されたスケトウダラの耳石に残された炭素14を時系列で復元することによって、およそ5年間の生態情報を得て、その情報から個体レベルでの回遊経路の復元に成功しました。北海道周辺は親潮や黒潮などが流れており、両方の海流がそれぞれ特有の炭素14濃度をもつことを利用しました(図2)。化学指紋ともいうべき炭素14は北太平洋では日本海とオホーツク海そして太平洋側で大きくその濃度が異なるため(図2)、耳石に時系列情報として記録された炭素14を復元することでスケトウダラの一生を通した生息海域についての情報を個体レベルで復元することが可能です。これまで炭素14は環境存在度が1兆分の1以下と極めて微量であることから分析数を増やすことが難しく、生態学的な情報を得ることが困難とされてきました。しかし本研究グループが開発した段階的酸分解装置と世界最高精度で分析できる国内唯一のシングルステージ加速器質量分析装置(AMS)を併用することによって、およそ数ヶ月から半年の時間解像度で5年間の情報を個体レベルで得ることに成功しました(図3)。

その結果、それぞれの海域で漁獲されたスケトウダラの耳石には、北海道周辺の海域ごとに特有の炭素14の値が生涯を通じて記録されていることを確認しました(図4)。この結果は、分析に用いたスケトウダラが漁獲された海域特有の炭素14の値と対応しており、これまでの知見で得られていたスケトウダラの生態情報と整合的でした。さらに、各海域のグループの中には一生のうちのある時期、生涯の多くの時間を過ごす海域とは異なる海域に回遊している個体も複数存在していることが初めて明らかになりました。この研究によって、耳石の炭素14を用いることで魚類について個体レベルで詳細な回遊履歴を追跡できるということが示されました。この分析方法は、水産資源の持続可能な利用に役立つツールとして広く導入されることが期待されます。

・関連の研究トピックス: 「地球表層の環境/生物動態を追跡する放射性炭素〜生物履歴学の創成をめざして」(2013/5/20)https://www.aori.u-tokyo.ac.jp/research/topics/2013/20130520.html

・関連論文 1: Radiocarbon in Ecology:Insights and perspectives from aquatic and terrestrial studies
Larsen, T., Yokoyama, Y., and Fernandes, R (2017), Methods in Ecology and Evolution
doi : https://doi.org/10.1111/2041-210X.12851

・関連論文 2: Newly designed glass apparatus to conduct stepwise dissolution experiment for radiocarbon using fish otoliths
Miyairi, Y., Yokoyama,Y., and Nagata, T. (2023), Nuclear Instruments and Methods in Physics Research Section B: Beam Interactions with Materials and Atoms
doi : https://doi.org/10.1016/j.nimb.2023.02.031


発表雑誌
雑誌名:Ecology and Evolution

論文タイトル: Otolith radiocarbon signatures provide distinct migration history of walleye pollock around Hokkaido, Japan in the North Western Pacific

著者: Kozue Ando*, Yusuke Yokoyama*, Yosuke Miyairi, Osamu Sakai, Tomonori Hamatsu, Yuuho Yamashita, Masayuki Chimura, and Toshi Nagata

doi: https://doi.org/10.1002/ece3.11288



用語解説
・注1 耳石:
脊椎動物の内耳に存在し、平衡感覚をつかさどる、炭酸カルシウムの結晶からなる硬組織。

・注2 炭素14:
炭素14(14C)は放射性炭素とも呼ばれ、炭素の同位体(12C, 13C, 14C)のうちの一つ。14Cの環境下での存在はわずかである。放射性の14Cと安定した炭素同位体である12Cの比率を示す指標である放射性炭素同位体比「Δ14C」は、生物や地球科学の分野で広く使われる。



添付資料



図1.北海道周辺の3海域におけるスケトウダラの分布域

日本海北部(JS):黄, オホーツク海南部(OS):紫, 太平洋(JP):淡青色。
黒点がサンプル採取位置。





図2.北西太平洋域の炭素14濃度分布 (Larsen et al., 2017)

黒潮域で高く、親潮域で低い。




図3.段階酸融解装置(スケールバーは1cm)と耳石(スケールバーは1mm)、
分析に用いた東京大学大気海洋研究所先端分析推進室のシングルステージ加速器質量分析装置(YS-AMS)



図4.太平洋、オホーツク海南部そして日本海北部で採取されたスケトウダラの耳石分析例

それぞれの海域で漁獲された個体の耳石の炭素14濃度の時系列情報が、それぞれの個体が生息していた海域の履歴を示していることがわかる。おおむねふ化から漁獲されるまで同じ海域に分布していたことが示されたが、オホーツク海南部の1個体(okhotsk-3)と日本海北部の2個体(Japan-1, Japan-5)では海域を離れて回遊したと解釈できる記録が得られた。




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関連リンク

大気海洋研究所 プレスリリース(2024年6月30日)