2024年7月19日 国立大学法人東京大学大気海洋研究所 プレスリリースにて
地球表層圏変動研究センター 横山祐典教授らが発表を行い、記事が掲載されました。



掲載内容
これまでの10倍の効率で花粉を地層から分取し高精度年代測定を可能に ―大型花粉によって今まで諦めていた地層からの年代測定が実用化―


発表のポイント
◆これまで困難であった100μm以上の大型花粉を、堆積物から高純度に抽出する新たな手法を開発したことで、従来の10分の1程度の花粉量で年代測定を可能とする、新たな分析法を実用化しました。
◆本手法により、従来は測定対象試料を抽出することができなかった本栖湖の地層に対しても詳細な年代測定が可能となり、富士山の噴火活動に伴う湖沼の環境変動を明らかにすることができました。
◆本研究の成果は、放射性炭素年代測定の高精度化に寄与し、古環境研究や断層活動・火山の噴火の履歴解明など、過去の自然災害の発生時期や気候変動の詳細な解明を可能にします。


発表概要
東京大学大学院理学系研究科博士課程の太田耕輔(研究当時、現 産業技術総合研究所 活断層・火山研究部門 産総研特別研究員)、同大学大気海洋研究所の横山祐典教授、宮入陽介特任助教らは、セルソーター(注1)を用いることで、地層から効率的に花粉を抽出する技術を開発しました。これにより、従来よりも詳細な放射性炭素(14C)年代測定(注2)を実現しました。

14C年代測定は、過去の出来事を記録した地層がいつの時代のものかを明らかにする技術ですが、目的の地層から年代測定に適した大型の試料が見つかる場合はまれです。一方、花粉はほとんどの地層に含有されているため、地層の年代を決定する上で有効な試料となる事が期待されていました。しかしながら、従来の手法では、抽出できる花粉の粒径が極微細なものに限定されており、地層(すなわち砂泥堆積物)から年代測定に十分な量の花粉を分離・抽出するには、大量の地層試料を長時間かけて処理する必要があるなど、研究を進める上で大きな障害となっていました。

本研究では、従来の手法では技術的な制約から抽出が困難であった花粉に比べて、直径が倍以上の大きな花粉に対しても適用できる技術を開発しました。これにより、試料処理の効率化を達成するとともに、ボーリング試料の様に限られた量しか利用できない試料からも、年代測定に十分な量の花粉抽出を可能としました(図1)。この技術を富士五湖の一つである本栖湖で掘削された堆積物で検証を行い、高精度な測定が可能なことを明らかにしました。今回の研究結果は14C年代測定の高精度化によって、古気候・古環境研究だけでなく断層活動履歴や火山の噴火年代など、過去の自然災害の研究にも寄与することが期待されます。


発表内容
14C年代測定は地質学や古環境学における重要な手法の一つで、堆積物に含まれる有機物の14Cを測定することで、地層の年代を正確に決定することができます。通常の14C年代測定では、地層に含まれる様々な植物遺骸をピックアップし、その年代測定を行います。地層形成との同時性の点からは、挟在される「葉片」が理想的な試料とされていますが、堆積物の中から見つかることはまれでした。そのため、近年では花粉に対する年代測定が着目されています。花粉は、ほとんどの堆積物に含まれているため、年代測定の試料として理想的ですが、その一方で、14C年代測定を行えるほどの量を抽出することは困難であり、研究例は限られています。

これまでの先行研究では60μm程度の小さな花粉に着目したものが多く、そのような花粉の14C年代測定を行う場合、花粉が50万―100万個程度必要とされ、膨大な時間がかかってしまうという問題がありました。そこで、本研究チームは、14C測定に必要な花粉の数が少なく済む大きな花粉に着目し、マイクロ流路チップや新しい制御方式といった、最新の技術を搭載したセルソーターを用いることで100μmを超える大きな花粉の抽出にも適用可能な手法を開発しました。これによって、花粉抽出作業の効率化だけでなく、微細な花粉だけでは年代測定に十分な量の抽出ができなかった地層からも、14C測定が可能になりました。

5年にわたる研究の成果では、セルソーターを堆積物中の大きな花粉抽出に効率的に活用するために、セルソーターの抽出パラメーターの開発と共に、堆積物の適切な物理化学処理法も開発しました。具体的には、事前に針状の不純物を取り除くための物理化学処理手法を検討すると共に、花粉の蛍光強度に加え、花粉の大きさを判別可能な直方散乱光を抽出条件に加えることで、大きな花粉の抽出を実現しました。これにより、本手法では5万―10万個程度の花粉を抽出することで14C年代測定が可能となりました。先行手法では50万―100万個の花粉が必要であったことに比較すると、約1/10の大幅な効率化が達成されました。

また、14C分析には、シングルステージ型加速器質量分析(注3)装置(東京大学大気海洋研究所所有)を用いました。本手法で花粉のみを抽出したとはいえ、従来法による14C年代測定を行うためには十分とは言えない炭素量です。そのため、測定には精度の高い測定技術と徹底した品質管理が必要であり、加速器質量分析の高い技術を擁する本研究所において手法の検証を行いました。

本手法を富士山北嶺に位置する本栖湖で採取されている堆積物に適用することで、先行研究により葉片や堆積物中有機物を用いた14C年代値との比較を行いました。その結果、確度の高い年代を示すと考えられている地層中の葉片によって得られたものと、同じ年代値が得られただけでなく、本手法の方が測定誤差は小さいことが明らかになりました。さらに、葉片が発見されなかった9層の地層から、花粉を用いた年代測定を可能としました。
以上のように、本研究手法の開発は14C年代測定の高精度化に貢献する成果であり、古環境研究や断層活動履歴、火山の噴火年代など、過去の自然災害の発生時期や気候変動の歴史などをより詳細に把握できるようになり、地球科学・古環境学の幅広い研究の進展に広く貢献することが期待されます。


・関連のプレスリリース1: 「湖底堆積物から探る富士山の噴火史 -本栖湖に残されていた未知の噴火の発見-」(2018/10/10)https://www.aori.u-tokyo.ac.jp/research/news/2018/20181010.html

・関連のプレスリリース2: 「富士五湖の水はどこからきているか? 〜炭素14をトレーサー(追跡子)とした検討によって、河口湖では御坂山地の地下水による影響を確認〜」(2021/9/21)https://www.aori.u-tokyo.ac.jp/research/news/2021/20210921.html


発表雑誌
雑誌名:Quaternary Sciencce Advances

論文タイトル: Development of an automated extraction and radiocarbon dating method for fossil pollen deposited in Lake Motosu, Japan

著者: osuke Ota*, Yusuke Yokoyama*, Yosuke Miyairi, , Stephen P. Obrochta, Shinya Yamamoto, A. Hubert-Ferrari, V.M.A. Heyvaert, k, Marc De Batist, Osamu Fujiwara, the QuakeRecNankai Team

doi: https://doi.org/10.1016/j.qsa.2024.100207


用語解説
・注1 セルソーター:
元々は生物学や医学の分野で開発された装置で、レーザー光によって性質の異なる細胞を高速で抽出することができます。この装置を堆積物に応用することができれば、堆積物から花粉を短時間で大量に抽出することができます。

・注2 放射性炭素(14C)年代測定:
炭素の質量数14の放射性同位体(14C)を用いて葉や花粉などの試料から年代を測定する手法です。植物は光合成によって14Cを含んだ炭素を取り込みますが、生物が生命を終え大気から隔離された段階で、14Cが放射性崩壊の割合に従って減り続けます。そのため、試料の14Cの量を調べることで年代を推定することができます。

・注3 加速器質量分析:
14Cは、地球表層に1兆分の1以下と極めて少ない量しか存在しません。そのため、測定の妨害となる核種を取りのぞくために、加速器質量分析器が用いられます。本研究で用いたシングルステージ型加速器質量分析器は日本で唯一の装置となります。


添付資料



図1.抽出された花粉


詳しくはこちらをご覧下さい。

関連リンク

大気海洋研究所 プレスリリース(2024年7月19日)