2024年7月19日 国立大学法人東京大学大気海洋研究所 研究トピックスにて
地球表層圏変動研究センター 佐藤正樹教授らが発表を行い、記事が掲載されました。



掲載内容
機械学習モデルと数値気象予測モデルのハイブリッドによる熱帯低気圧の2週間延長予測


成果概要
台風などの熱帯低気圧の進路や強度について、予測精度の向上が求められている。現状の予測は、物理法則に基づく数値気象モデルで2週間以内が限界である。大気海洋研究所の佐藤正樹教授と客員研究員Haoyan Liu博士らの研究グループは、予測期間を拡張するため、機械学習モデルと物理法則モデルを組み合わせたハイブリッド予報システムを構築した。このシステムでは、機械学習モデル「Pangu-Weather」と物理法則モデル「WRFモデル」を使用し、高精度の予報を実現する。機械学習モデルは大規模循環と進路予測に優れ、物理法則モデルは熱帯低気圧の中心部の構造を捉える強みがある。本研究では、2018年から2023年の5つの長寿命熱帯低気圧の予測で優れた性能を示した。本手法は従来の予測限界を超え、台風の防災や減災に大きな意義を持つ。

発表内容
【研究背景】
熱帯低気圧の予測を5日以上、最大で2週間先まで拡張することは、現行の気象予測では未だ実現されておらず、長年の課題となっている。この予測の時間スケールは、数日スケールの短期気象現象と、季節内変動スケールの間に位置しており、マルチスケールの特性を考慮した予測手法の検討が必要である。熱帯低気圧の発達や時間変化は、進路、強度、構造の相互関係によって決まり、予報のリードタイム(注1)が長くなるにつれて、この三者の関係はますます複雑になる。

例えば、2023年に南インド洋上で発生した熱帯低気圧フレディは、1か月に及ぶ長寿命の記録を更新したが、多くの数値気象予測モデルはその直線的な長い経路を正確に予測できなかった。このことは、熱帯低気圧の長期間予報における従来の手法の限界を露呈し、経路、強度、構造の相互作用や誤差伝播による予報精度への大きな制約を示すものである。

近年、Pangu-Weather(注2)のような機械学習ベースの全球気象予測モデルは、熱帯低気圧の進路予測において、欧州中期予報センター(ECMWF)の先進的な物理法則に基づく全球数値気象予測モデルに匹敵、あるいはそれを上回る予測精度を示している。しかし、これらの機械学習ベースのモデルは、物理法則を無視したデータ駆動型なアプローチや、小規模な大気の擾乱に関する学習データの不足のために、熱帯低気圧の強度と構造の予測改善には不十分である。

これに対して、WRF(Weather Research and Forecasting)モデル(注3)のような伝統的な物理法則に基づく高解像度の領域数値気象予測モデルは、熱帯低気圧の構造をより正確に表現することで強度予測を向上させる可能性がある。しかし、長時間の熱帯低気圧予報においてこの強度予測性能を維持し、その基礎となるメカニズムを理解するためには、さらなる研究が必要である。

【研究内容】
このような課題に対処するため、我々は機械学習と物理法則に基づくハイブリッドモデリングの枠組みを提案する。この枠組みは、Pangu-Weatherによる機械学習モデルの予測出力を利用し、予測期間2週間にわたって熱帯低気圧予測のための高解像度WRFモデルを駆動する。予測期間中、機械学習モデルによって大規模な循環を予測し、その結果を物理モデルに提供する。さらに、熱帯低気圧予測における海洋プロセスの重要性を考慮し、大気海洋相互作用を導入するためのシンプルな海洋モデルも組み込んだ(図1)。

このフレームワークにより、機械学習モデルと物理法則モデルのそれぞれの利点を十分に活用し、熱帯低気圧の予測精度を向上させることができる。その結果、2週間平均の熱帯低気圧の進路と強度の誤差は、全球数値気象予測モデルに比べて59%と32%、再解析データ(ERA5)(注4)によって駆動した機械学習モデルに比べて2%と59%、ERA5によって駆動した物理法則モデルに比べて32%と23%、それぞれ減少した。

【社会的意義・今後の展望】
本研究の結果、本フレームワークが熱帯低気圧の2週間予報において有用である可能性を示唆する。もし2週間先までの予測が可能になれば、熱帯低気圧の襲来が予想される場合に事前の準備が可能となり、防災・減災に大いに寄与し、社会的・経済的な損失の軽減に繋がると考えられる。今後は、実時間で本システムを運用することで、その実用可能性を検討する。機械学習モデルは計算負荷が軽く、多数のアンサンブル予測を行うことが可能で、進路予報についてより精度の高い確率予測が期待できる。


発表雑誌
雑誌名: Journal of Geophysical Research: Machine Learning and Computation

論文タイトル: A hybrid machine learning/physics-based modeling framework for 2-week extended prediction of tropical cyclones

著者: Liu, H.-Y.*, Tan, Z.-M.*, Wang, Y., Tang, J., Satoh, M., Lei, L., Gu, J.-F, Zhang, Y., Nie, G.-Z., Chen, Q.-Z.

doi : https://doi.org/10.1029/2024JH000207


用語解説
・注1 予報のリードタイム:
予報のリードタイムとは、気象予測が発表される時点から予測対象の気象現象が実際に発生するまでの時間差を指します。この時間が長いほど、事前に対策を講じる余裕が増えるため、リードタイムの延長は予報精度と同様に重要です。

・注2 Pangu-Weather:
Pangu-Weatherは機械学習ベースの全球気象予測モデルで、従来の数値気象予測モデルを超える精度で熱帯低気圧の進路予測を行います。データドリブンなアプローチに基づき、高精度な予測を提供します。

・注3 WRFモデル:
WRFモデル(Weather Research and Forecasting Model)は、気象予測と大気研究のために開発された高解像度の数値気象予測モデルで、地球全体から地域規模までの気象現象をシミュレーションします。

・注4 再解析データ(ERA5):
再解析データ(ERA5)は、ECMWF(欧州中期予報センター)が提供する、1979年以降の気象データを基にした高解像度の気候再解析データセットで、天気予報や気候研究に広く使用されます。


添付資料



図1.熱帯低気圧予測のための機械学習・物理法則ベースのハイブリッドモデリングのフローチャート。この枠組みでは、機械学習モデルPangu-Weatherの予測出力を側面境界条件として使用し、物理モデルWRFにより2週間の熱帯低気圧予測を行う。シミュレーションの期間中、機械学習モデルの出力から予測された風の場は、物理法則モデルの大規模環境場を調節するために利用される。(c-d) 大気海洋相互作用を導入するため、1次元海洋混合層モデルを使用する。




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関連リンク

大気海洋研究所 研究トピックス(2024年7月19日)