2024年9月20日 国立大学法人東京大学大気海洋研究所 プレスリリースにて
地球表層圏変動研究センター 佐藤正樹教授らが発表を行い、記事が掲載されました。



掲載内容
EarthCARE発射前地上ドップラー速度データを用いたモデル評価

成果概要
本研究は、世界初の雲観測用ドップラーレーダーを搭載した地球観測衛星EarthCARE(注1)のデータ活用に向けた基礎研究です。EarthCARE衛星は2024年5月24日に打ち上げられ、雲の内部構造や降水量を詳細に観測できる先進的な雲レーダーを備えています。このデータにより、雲物理学の理解が深まり、気象および気候モデルの精度が向上することが期待されています。本研究では、EarthCARE衛星観測データの解析を目標に、地上に設置された雲レーダー(HG-SPIDER, (注2)によるドップラー速度の観測データを活用し、数値モデルの微物理過程を評価・改善する手法を開発しました。


発表内容
【研究背景】
気象や気候モデルの検証と精度向上は、自然災害の予測や気候変動への対応において非常に重要です。気象・気候モデルの雲や降水過程の不確定性が大きく、雲や降水過程の再現性の向上が求められます。人工衛星によって地球全体の雲を対象とした観測はある程度まで可能でしたが、雨、雪、雹、雲氷の動きの観測は今まで行われたことがありませんでした。

EarthCARE衛星は、雲の内部構造や降水の動態を詳細に観測できるドップラーレーダーを世界で初めて搭載しています(図1)。この衛星から得られるデータは、雲や降水の詳細な観測を可能にし、それに基づいてモデルの微物理過程を精緻化するための貴重な情報源となります。今回の研究では、EarthCAREのデータ利用に先立ち、地上レーダーのドップラー速度データを用いて、数値モデルが実際の観測とどの程度一致しているかを評価しました。この研究成果は、EarthCARE衛星のデータを最大限に活用するための基盤を築くものであり、今後の雲物理の理解や気候予測の精度向上に寄与することが期待されます。

【研究内容】
今回の研究では、地上に設置した雲レーダーによって得られた「ドップラー速度」データを用いて、雲と降水の粒子を詳細に分析しました。ドップラー速度は粒子の速度を測定する技術であり、これにより雲の中の粒子がどのくらいの速度で動いているかを知ることができます。ドップラー速度を利用して、雲氷/雪、霰/雹、雨、雲水/霧雨に分類し、この分類方法を用いて数値モデルと比較し、モデルが実際の観測とどれだけ一致するかを評価しました。

本研究では、全球非静力学モデルNICAMによる数値計算結果に、「観測シミュレータ―」を適用し、雲レーダーの観測に相当するデータを得ました。2つの雲微物理スキーム NSW6(注3)とNDW6(注4)を利用して数値シミュレーション結果を評価しました。これらのスキームは、それぞれ異なる仮定に基づいて雲の微物理過程をシミュレートしています。図2に示すように、ドップラー速度の各高度の頻度分布から、雲の分類を試みました。シミュレーション結果では、氷と水粒子によるドップラー速度の差が高度5km付近で明確に現れました。また、氷粒子には落下速度が速い霰と遅い雪に相当する粒子に分類できます。さらにドップラー速度が上向きの粒子は上昇流域と考えられます。

NSW6スキームの場合、観測に比べてドップラー速度の範囲が狭く表現されているのに対し、NDW6スキームは雪の終末速度を過大評価していることがわかりました。具体的には、NDW6スキームは観測データと比べて、雪の粒子がより速く降下する傾向を示していました。これにより、実際には雪であるにもかかわらず、モデル上では霰や雹と誤認されることがありました。この問題は、特に強い対流が発生している地域で顕著です。

本研究では、EarthCARE衛星で想定されるシグナルノイズ等の条件を使用してNSW6とNDW6によるシミュレーション結果の解析を行いました。人工衛星の速度は非常に速いため、ドップラー速度にエラーが生じる可能性がありますが、そのエラーが上記の方法にどの程度の誤差を与えるかについても研究を行いました。

【社会的意義・今後の展望】
今回の研究は、気象予報、気候予測の数値モデルにおける雲微物理スキームの評価・改良において重要な意味を持ちます。本研究で開発した手法を利用してEarthCARE衛星のデータを解析することで、雲・降水システムの内部構造や降水分布を詳細に観測することが可能になります。今後さらにEarthCARE衛星観測データを活用した研究を進めることで、地球全体の気候変動や気象現象に対する理解が深まることが期待されます。今後は、実際のEarthCARE衛星データを用いて、上記の2つの雲微物理スキームの評価・改良を行い、現実の雲降水システムをより適切に表現可能な数値モデルとして開発する予定です。今後、EarthCARE衛星を利用して気象・気候モデルの改良が進むと、気候予測や気候感度の評価の精度向上に寄与することが期待されます。

発表雑誌
雑誌名:Atmospheric Measurement Techniques

論文タイトル: An evaluation of microphysics in a numerical model using Doppler velocity measured by ground-based radar for application to the EarthCARE satellite

著者: Woosub Roh*, Masaki Satoh, Yuichiro Hagihara, Hiroaki Horie, Yuichi Ohno, and Takuji Kubota

doi: https://doi.org/10.5194/amt-17-3455-2024


用語解説
・注1 EarthCARE:
EarthCARE(Earth Cloud Aerosol and Radiation Explorer)は、日本と欧州が協力して開発を進めている地球観測衛星です。雲や大気中の微小な粒子(エアロゾル)の詳細な観測を目的としています。特に、世界で初めて雲を観測するためのドップラーレーダーを搭載しており、この衛星は雲の内部構造や降水の動態を高精度に捉えることができます。

・注2 高感度雲観測レーダー(HG-SPIDER):
EarthCARE衛星打ち上げ後には、搭載されている雲プロファイリングレーダー(CPR)が予測通りの観測性能を発揮しているかを検証する必要があります。HG-SPIDERは、高度15kmで-40dBZまでの受信感度を持つ高感度な雲観測レーダーで、情報通信研究機構(NICT)に設置されています。このレーダーは、CPRよりも優れた感度で雲を観測できるため、CPRの感度を検証するための有効な手段となります。特に、CPRの雲エコーの最低検出感度が-35dBZと予測されているため、HG-SPIDERのデータはCPRの性能を評価する際に非常に有用です。

・注3 NSW6:
NSW6はシングルモーメント微物理スキームのひとつとして、雲や降水のシミュレーションで使われる方法の一つで、各種の粒子(例えば、雨粒、雪片、霰など)の「量(質量)」だけを予測する手法です。

・注4 NDW6:
NDW6はダブルモーメント微物理スキームのひとつとして、雲や降水をシミュレーションする際に、各粒子の「量(質量)」だけでなく、「数」も同時に予測する手法です。


添付資料


図1.EarthCARE衛星の模擬図



図2.地上レーダー観測(a)と数値モデルNSW6(b)、NDW6(c)によるドップラー速度分布の比較
各図は、ドップラー速度と高度の関係を示し、水物質の分類(霰/雹、雲氷/雪、雨、雲水/霧雨、上昇気流)を色分布で表示している。地上レーダー観測と比較すると、NSW6とNDW6のモデルには雪や雨粒子の降下速度に違いが見られ、特にNDW6モデルでは霰/雹の割合が過大評価されていることが確認できる。


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関連リンク

大気海洋研究所 プレスリリース(2024年9月20日)