2024年10月18日 国立大学法人東京大学大気海洋研究所 プレスリリースにて
地球表層圏変動研究センター 横山祐典教授らが発表を行い、記事が掲載されました。
太線は北半球の夏における東アジア夏季モンスーンの限界を示す (Kaboth-Bahr et al., 2021)。中国では、Hulu洞窟やShihua洞窟、Dongge洞窟での石筍研究が進められている。 放射性炭素年代をDCF=0%(緑), 26.84% (ピンク), 46.71%(黄色)と変化させて年代補正を行ったが、U/Th年代測定で得られた年代(水色)と比較すると、最大20,000年も年代のズレが生じていることがわかる。 (a)Dongge洞窟 (Dykoski et al., 2005)と(b)Hulu(Wang et al., 2001)洞窟の石筍から復元された東アジアモンスーン強度、(c)球泉洞の石筍に記録されていたDCF変動、(d)球泉洞の石筍KST-4とKST-5・KST-6とのDCFの差。DCF差が小さい期間は、東アジアモンスーンの強度が弱い時期に対応していた。
掲載内容
世界標準放射性炭素年代補正カーブへの問題提起 ―熊本県人吉球磨地方の鍾乳洞から明らかになった水循環の影響―
発表のポイント
◆放射性炭素年代測定は、考古学や災害科学、地球科学などで広く使われていますが、世界標準年代補正カーブを使った補正が必須です。
◆これまで樹木年輪や福井県の水月湖を使った標準曲線のほか、中国の鍾乳石を使ったデータが広く使われていますが、鍾乳石は石灰岩母岩に由来する炭素14の枯渇した炭素(Dead Carbon)の石筍への寄与率(Dead Carbon Fraction; DCF)を正確に検討する必要があります。
◆これまでDCFは50%よりも低いと報告されていましたが、球泉洞の石筍のDCFは最大73.9%になっていたことが判明しました。また、同じ洞窟内から採取された石筍であっても、DCFは最大40%も異なることが明らかになり、石筍を用いた年代標準補正曲線の改訂作業や古気候復元研究において必須である年代決定法の高精度化に貢献することが期待されます。
発表概要
東京大学大気海洋研究所の横山祐典教授らによる研究グループは、熊本県球泉洞から採取された石筍のウラン・トリウム年代測定(注1)と放射性炭素年代測定(注2)により、石灰岩母岩に由来する炭素14の枯渇した炭素(Dead Carbon)の石筍への寄与率(Dead Carbon Fraction; DCF)が、世界の石筍と比較して非常に高いことを初めて明らかにしました。
本研究では球泉洞の3つの石筍を分析した結果、球泉洞におけるDCFは4,200年前から38,300年前の間に37.8%から73.9%の範囲で変動しており、また、同じ洞窟内でも石筍によってDCFの値が異なっていることが明らかになりました。これまでDCFは50%よりも低いと考えられてきていましたが、本研究の結果はその値を大幅に上回るものであり、日本の鍾乳洞へ浸透する水の経路が非常に複雑で、滴下速度やその流入経路の違いが強く影響していることを示しています。本研究成果は、石筍を用いた年代標準補正曲線の改訂作業や古気候復元研究において必須である年代決定法の高精度化に貢献することが期待されます。
発表内容
人間活動によって引き起こされている地球温暖化により水循環が活発化しており、将来、熱帯湿潤域および中緯度域における集中豪雨災害など極端気象現象の頻度がさらに増加することが予測されています。近年、豪雨発生をもたらす水蒸気源である東シナ海と太平洋に接している九州地方は近年、数十年に1度といわれる規模の集中豪雨が頻発しており、例えば、日本各地で降水量の観測史上1位を更新した令和2年7月豪雨では、熊本県人吉市の球磨川が氾濫し甚大な人的・物的被害となりました。このような極端気象現象のメカニズムを理解し予測するためには、気象観測データに加え、古気候学研究から有史時代以前の降水量データを収集し、極端気象現象の発生周期・頻度・規模を解明することが重要です。古気候学の分野において、極端気象現象を復元するにあたり、高確度・高精度年代決定が最重要課題となります。
放射性炭素(炭素14)を用いた年代測定(放射性炭素年代測定)は、考古学や災害科学、地球科学などで広く使われていますが、炭素14年代は暦年代とは異なるため、世界標準年代補正カーブ(較正曲線)を使った補正が必須です。北半球の最新の較正曲線はIntCal20(Reimer et al., 2020)と呼ばれ、樹木年輪や福井県の水月湖の堆積物、中国の鍾乳石のデータセットが含まれています。炭酸カルシウムからなる鍾乳石・石筍は、降水量変化を連続的に記録していることから、古気候を解明するための重要な試料であり、特に東アジアモンスーン地域で広く使用され(図1)、集中豪雨イベントの頻度や規模を復元可能な古気候記録媒体でもあります。しかし、鍾乳石はその形成過程で、母岩である石灰岩から溶出した炭素14を含まない炭素(dead carbon)を取り込こむことにより、放射性炭素年代測定では正しい年代を得ることができないという問題があります(図2)。そのため、石灰岩母岩に由来する炭素14の枯渇した炭素(Dead Carbon)の石筍への寄与率(Dead Carbon Fraction; DCF)を正確に検討する必要があります。IntCal20で使用された、日本と同じ東アジアモンスーン地域にある中国のHulu洞窟の石筍では、DCFの値が約5.6%と小さく、時間変動をほとんどしていないことが報告されていることから、IntCal20の鍾乳石の炭素14データの校正にはDCFを一定としたモデルが使用されています。しかし、日本では石筍のウラン・トリウム年代測定および放射性炭素年代測定の両方を行った研究がされておらず、石筍の高精度年代決定に重要な、DCF変動のメカニズムがよくわかっていませんでした。
本研究では、熊本県球泉洞から採取された石筍(図1)を用いて、DCFを詳細に解析し、過去約38,000年にわたるDCFの変動を明らかにしました。分析の結果、球泉洞におけるDCFは37.8%から73.9%という高い範囲で変動していたことが判明しました。これまでDCFは従来50%よりも小さいと考えられていましたが、この結果はその値を大幅に上回る結果となっています。また、同じ洞窟内から採取された石筍であっても、DCFは最大40%も異なることが明らかになりました(図3)。これは洞窟へ浸透する水の経路が非常に複雑で、滴下速度やその流入経路の違いがDCFに大きな影響を与えることを示唆しています。
本研究によりDCFの変動が、同じ洞窟から採取された石筍であっても大きく異なる可能性が示され、鍾乳石の年代測定や古気候復元研究においてDCFの変動を注意する必要があることを指摘しました。石筍を用いた年代標準補正曲線の改訂作業や古気候復元研究において必須である年代決定法の高精度化に貢献することが期待されます。さらに、石筍を用いた古気候復元では、単一の石筍だけでなく、複数の石筍を比較し、局所的および広域での気候変動の影響を評価することの重要性が示唆されました。
発表雑誌
雑誌名:Quaternary Science Advances
論文タイトル:
Local hydrology control of radiocarbon in stalagmites from the Kyusendo Cave, Kumamoto, Japan
著者:
Shoko Hirabayashi*, Narumi Ishizawa, Yusuke Yokoyama
doi: https://doi.org/10.1016/j.qsa.2024.100232
用語解説
・注1 ウラン・トリウム年代測定:
炭素の同位体(12C,13C,14C)のうちの一つ。14Cの半減期を利用して年代測定を行うことができるとともに、表層環境での炭素循環の指標として使うことができる。
・注2 放射性炭素年代測定:
炭素の同位体には、12C,13C,14Cがあり、そのうち14Cは放射性の同位体です。14Cの半減期を利用して年代測定を行うことができます。
添付資料
図1.(a) 日本の熊本県にある球泉洞の位置と、東アジアモンスーン地域
図2.放射性炭素年代測定とウラン・トリウム年代測定で得られた年代の比較
図3.東アジアモンスーン強度の変動と球泉洞の石筍のDCF変動
関連リンク
・大気海洋研究所 プレスリリース(2024年10月18日)