2024年11月7日 国立大学法人東京大学大気海洋研究所 研究トピックスにて
地球表層圏変動研究センター 横山祐典教授らが発表を行い、記事が掲載されました。



掲載内容
ミランコビッチサイクルのパラドックスに迫る ー温暖化した海洋が引き起こしたスーパー間氷期―


成果概要
現在を含む過去約260万年間の気候の特徴は氷期と間氷期の繰り返しです。地球の自転軸の傾きの変化が周期的に変わることが、そのペースメーカーとして駆動しているとされ、提唱者にちなんでミランコビッチサイクルと呼ばれています。北半球高緯度の夏の日射量変化が重要であり、それが表層環境変動を駆動しています。約40万年前の間氷期は、過去100万年間で最も温暖であったとされ(スーパー間氷期)、海水準も現在より10m高かった時期です。ところが、この時期の大気二酸化炭素レベルと日射量は現在よりも低く、それはミランコビッチサイクルのパラドックスとして知られていました。本研究では地中海沿岸の洞窟から鍾乳石を採取し、ウラン系列核種を用いた高精度年代測定を行い(注1)、当時の気候記録の時系列について詳細に検討しました。その結果、約40万年前の間氷期(温暖期)を維持したメカニズムは、温暖化した海洋が駆動していたことが明らかになりました。今回の結果は、今後の地球温暖化に伴う海洋の温暖化により氷床融解が促進され、全球の海水準を上昇させる可能性があることを示唆しています。


発表内容
【研究背景】
現在を含む過去約260万年間の気候の特徴は氷期と間氷期が繰り返し起こっていたことです。地球の自転軸の傾きの変化が周期的に変わることが、このサイクルのペースメーカーになって駆動しているとされ、提唱者にちなんでミランコビッチサイクルと呼ばれています。ミランコビッチサイクルには、地球の公転軌道要素の変化に伴う北半球高緯度の夏の日射量変化が重要であり、表層環境変動を駆動しています(図1)。その結果、氷期の最盛期には北米や北欧など北半球の高緯度に、厚さ3000mにも及ぶ巨大な氷床が形成され、大気中の二酸化炭素分圧も現在より100ppm近く下がっていました。さらにこの変化は繰り返し起こっていたことが明らかになっており、間氷期の規模とも相関が高いことが知られていました。
過去100万年間で最も温暖であったとされる間氷期は、約40万年前に起こったとされ、スーパー間氷期として知られています。当時は現在よりもグリーンランド氷床や南極氷床の一部も規模が現在よりも縮小しており、世界的な海水準は現在より10m高かった時期です。ところが、大気中の二酸化炭素レベルと日射量は現在よりも低く、ミランコビッチの提唱した日射量変化との関連性について矛盾が生じるもので、パラドックスとして知られていました。

【研究内容】
本研究では、地中海沿岸の洞窟から鍾乳石を採取し、ウラン系列核種を用いた高精度年代測定を行い、当時の気候記録の時系列について詳細に検討しました。また降水量変化や海水温復元を行うための同位体分析や微量分析を実施しました。その結果、当時の北大西洋の海水温が高く(図2)、それに伴って気候変化が引き起こされていたことが明らかになりました。約40万年前の温暖化を維持したメカニズムは、主に温暖化した海洋が駆動していたことが判明しました。

【社会的意義】
本研究は、今後の地球温暖化によって海洋も温暖化をすれば、氷床融解を促進し、全球の海水準を上昇させる可能性があることを示唆しています。海洋の温暖化は、特に海洋環境の変化に脆弱な、巨大氷床縁辺部に存在する棚氷の底面融解を引き起こし、それによって氷床の流動が加速され海水準上昇につながることが危惧されます。実際、同様の変化は、約3,000-6,000年前の西南極氷床のロス棚氷や南極半島でも横山教授の研究グループによって報告されています(関連論文1, 2)。例えばエルニーニョ・南方振動(ENSO)の規模と頻度の変化によって低緯度の海洋環境変化により、大気の川が南極までのび、氷床の融解を促進し、水温の高い海水の氷棚の下部への侵入による融解の効果と相まって、氷床規模の縮小につながっていました(関連論文2)。今後の温暖化によりENSOの大規模高頻度化も同様のリスクがあると考えられます。


発表雑誌
雑誌名:Nature Communications

論文タイトル: Sustained North Atlantic warming drove anomalously intense MIS 11c interglacial

著者: Hsun-Ming Hu*, Yusuke Yokoyama, Chuan-Chou Shen et al.

doi: https://doi.org/10.1038/s41467-024-50207-1


・関連文献1:

雑誌名:Proceedings of National Academy of Science(2016年2月16日)
論文タイトル:Widespread collapse of the Ross Ice Shelf during the late Holocene
著者:Yusuke Yokoyama* et al.
doi: https://doi.org/10.1073/pnas.1516908113



・関連文献2:

雑誌名:Nature Communications(2022年5月20日)
論文タイトル:Holocene melting of the West Antarctic Ice Sheet driven by tropical Pacific warming
著者:Adam D. Sproson*, Yusuke Yokoyama* et al.
doi: https://doi.org/10.1038/s41467-022-30076-2




用語解説
・注1 ウラン系列核種年代測定:
ウラン系列核種のうち、特に234Uと238Uそれに230Thを使って行う年代決定法。



添付資料


図1.北65度の夏の日射量変化(a)と海水準(b)

パネル(a)の点線は、現在の間氷期(完新世)の平均値。40万年前(11c)は過去100万年間で最も低い時期にあたるにも関わらず、海水準(b)は現在よりも高い。また、間氷期の期間も長かったことがわかる。





図2.北大西洋の温暖期の開始と約40万年前の間氷期



詳しくはこちらをご覧下さい。

関連リンク

大気海洋研究所 研究トピックス(2024年11月7日)