2024年12月5日 国立大学法人東京大学大気海洋研究所 研究トピックスにて
地球表層圏変動研究センター 鈴木 健太郎教授らが発表を行い、記事が掲載されました。
図1.複数の人工衛星観測を組み合わせた解析から得られた雲の熱力学的相の地球全体での分布。雲頂付近/雲層全体にそれぞれ含まれる水分が主に水/水(左上)、水/氷(右上)、氷/水(左下)、氷/氷(右下)である雲の相対的な出現割合を色で示している。
図2.降水粒子の大きさが鉛直方向にどのように分布しているのかを示す統計。各パネルの縦軸は雲頂から下向きに測った雲の光学的深さ(注3)を示し、横軸は降水粒子の大きさの指標であるレーダ反射強度を示す(値が大きいほど粒子が大きいことを意味する)。色は地球全体の規模でのデータの存在頻度を表す。上下のパネルは雲粒子の大きさによって分類された統計(雲粒子は上段で小さく、下段で大きい)、左右のパネルは雲に含まれる水と氷の組成(左列ほど水の割合が高く、右列ほど氷の割合が高い)によって分類された統計をそれぞれ示す。最左列(水の割合が高い雲)では雲粒子の大きさが異なる上下のパネルで降水の起こり方が顕著に異なっているのに対して、最右列(氷の割合が高い雲)では上下のパネルで降水粒子サイズは同様に下向きに増加しており、雲粒子の大きさに無関係に降水が起きていることを示している。
掲載内容
水と氷が混ざった雲からどのように雨が降るのかを衛星観測から明らかに
成果概要
雲と降水の地球の気候への影響を理解する上で、雲からどのように降水が生じるのかを地球全体の規模で知ることが重要です。そのためには雲と降水を観測する人工衛星を適切に組み合わせた解析が有効ですが、そのような研究はこれまで限られていました。東京大学大気海洋研究所の鈴木健太郎教授らの研究グループは雲と降水を観測する複数の人工衛星を組み合わせて、水と氷が混ざった雲で水滴がどのように成長して降水となるのかを解析し、雲に含まれる氷の割合が高いほど降水が起こりやすいことを初めて地球全体の規模で示しました。この知見は気候変動に伴って雲と降水がどのように変化していくのかを予測するための新たな手がかりを与えます。
発表内容
【研究背景】
地球の表面積の約6割を覆う雲は、地球の気候状態を決めているエネルギーと水の循環において重要な役割を担っています。雲から生じる降水は、大気から地表へと水を運ぶことで人間生活に欠かせない淡水を供給するほか、大気中に雲として浮かぶ水の存在量を左右して太陽からの光エネルギーや地球自身が放出する赤外線エネルギーの流れに影響しています。これらのはたらきは気候状態の形成や変動に深く関わるため、雲からどのように降水が生じるのかを理解することは科学的・社会的に重要な意味を持ちます。この問題を地球全体の規模で調べるには人工衛星による観測データを解析することが有効ですが、近年では雲と降水の異なる側面を捉える様々なセンサを搭載した複数の人工衛星が地球を周回しており、中でも米国航空宇宙局(NASA)の複数の地球観測衛星が形成するA-Train衛星群(注1)と呼ばれる人工衛星の隊列が同じ雲・降水をほぼ同時刻に観測することを実現してきました。このような複数の衛星観測データを組み合わせることで雲の粒子がどのように成長して降水が起こるのかを調べる研究が近年行われてきましたが、それらは液体の水のみを含む雲(水雲)に限定されており、より一般的な水と氷が混ざった雲で水滴がどのように成長して降水が作られるのかを人工衛星の観測データから直接的に調べた研究はありませんでした。
【研究内容】
本研究では、水雲から雨が降る様子をA-Train衛星群の観測データを用いて解析した先行研究の手法を水と氷の両方を含む雲へと拡張し、雲に含まれる水と氷の組成や雲粒子の大きさによって降水の起こり方がどのように異なるのかを地球全体の規模で調べました。このために、先行研究では用いられていなかった雲の熱力学的相(注2)に関する情報を本研究グループが独自に開発した手法で衛星観測から導出し(図1)、それを別の衛星から得られる雲内部の鉛直構造に関する観測データと組み合わせて解析しました。この解析に基づいて雲に含まれる水/氷の割合と雲粒子の大きさが降水の生じ方にどのように関係するのかを調べた結果、氷の割合が低い(水の割合が高い)雲では雲粒子が大きいほど降水が起こりやすく、雲に含まれる氷の割合が高くなるほど雲粒子の大きさには無関係に降水が起こりやすいことが地球全体の統計として明らかになりました(図2)。これらの特徴は雲から降水が生じる仕組みについて従来の理論や実験で知られていた一般的な知見と整合しますが、本研究は人工衛星データの解析に基づいて、水と氷の粒子の成長によって降水がどのように生じているのかを初めて地球全体の規模で示しました。
【社会的意義・今後の展望】
本研究は、人間社会に密接に結びついた降水がどのようにもたらされるのかについて地球規模での新しい知見を提供し、人間生活に欠かせない空からの淡水供給の仕組みに関する理解を進めるものです。また、地球温暖化に伴って雲に含まれる水と氷の組成が変化するときに降水の起こり方がどのように変わるのかを予測するための新たな手がかりを与えます。これらの意義をより高めていくための今後の方向性は主に二つあり、ひとつは本研究で得られた観測的な知見を数値モデルの評価や改良に役立てること、もうひとつはさらに多くの衛星観測情報と組み合わせて雲から降水が起こるメカニズムをより詳細に調べることです。前者については、本研究で提案した衛星観測データの解析手法を全球気候モデルなどの数値モデルの出力データにも適用して衛星観測に基づく解析結果と比較することで、数値モデルにおける降水の生じ方を検証し、さらに改良するための指針が得られることが期待されます。後者では、2024年5月下旬に打ち上げられた日欧共同ミッションであるEarthCARE衛星(和名:はくりゅう)による新しい雲・降水のデータや、ひまわり9号などの静止気象衛星が提供する時間分解能の高い雲のデータと組み合わせることで、雲から降水が生じる仕組みをより詳細に解明していく方針です。
発表雑誌
雑誌名: Geophysical Research Letters
論文タイトル: Satellite-Based Diagnostics of Precipitation Process in Mixed-phase Clouds: Extension from Warm Rain Process Statistics
著者: Kentaroh Suzuki*, Takashi M. Nagao, Aya Murai
doi: https://doi.org/10.1029/2024GL110573
用語解説
・注1:A-Train衛星群
主に米国航空宇宙局(NASA)が打ち上げた地球観測衛星からなる人工衛星の隊列のことで、観測原理の異なる様々な人工衛星が同一の観測対象をほぼ同時刻に通過して観測する。A-Trainの名称はA列車にちなむ。
・注2:雲の熱力学的相
「相」とは物質の状態(固体・液体・気体)を表す物理学の用語であり、「雲の熱力学的相」は雲に含まれる水分が液体(水)なのか固体(氷)なのかを意味する。雲に含まれる水と氷の組成は雲の重要な性質の一つと考えられている。
・注3:雲の光学的深さ
雲がどれだけ光を減衰させるかを尺度として測られる雲の深さ。この値が大きいほど太陽光を減衰させる程度が大きいという意味で雲が深いことを表し、ここでは雲頂から下向きに増加するように定義されている。
添付資料
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関連リンク
・大気海洋研究所 研究トピックス(2024年12月5日)