2024年12月24日 国立大学法人東京大学大気海洋研究所 研究トピックスにて
地球表層圏変動研究センター 鈴木 健太郎教授らが発表を行い、記事が掲載されました。



掲載内容
地球のエネルギー収支への雲と塵の影響をEarthCARE衛星観測から算定する手法を開発


成果概要
雲と塵は太陽からの光エネルギーや地球が放出する赤外線エネルギーの伝達に深く関わることを通じて地球の気候に影響しますが、その定量的な評価には大きな不確実性があります。この背景の下、日欧共同ミッションの地球観測衛星EarthCARE(和名:はくりゅう)が2024年5月下旬に打ち上げられました。東京大学大気海洋研究所の鈴木健太郎教授らの研究グループは気象庁気象研究所・東京海洋大学の研究者と共同で、EarthCARE衛星が観測する雲と塵のデータに基づいて地球のエネルギー収支を算定するための手法の開発と検証を行いました。今後は同衛星から実際に得られる観測データにこの手法を適用し、雲と塵の気候影響の解明へと役立てていきます。


発表内容
【研究背景】
地球温暖化に代表される気候変動の予測における最も大きな不確実要因として、雲とエアロゾル(注1)が挙げられます。地球の気候は太陽から降り注ぐ光エネルギーと地球自身が宇宙空間へ放出する赤外線エネルギーとのバランスによって成り立っており、雲とエアロゾルはこれらの放射エネルギー(注2)の大気中での伝達に深く関わることで地球の気候に大きく影響しています。しかしながら、その定量的評価には大きな不確実性が伴っており、気候状態を決めている地球のエネルギー収支を正確に把握する上で大きな障害となっています。特に理解が遅れているのは地球大気中での鉛直方向のエネルギー分配であり、これに大きく影響を与えるのが雲とエアロゾルの鉛直方向の分布や特性です。例えば、高さの低い雲は主に太陽光を反射することで地球を冷却する効果を持つのに対して、高さの高い雲は主に赤外線を吸収して地球を加熱する効果を持ちます。また、エアロゾルは黒い/白い色の粒子がそれぞれどの高さに存在するのかによって、大気層や地表面に対する加熱・冷却の効果が顕著に変化します。このような気候影響を持つ雲とエアロゾルの動態やその放射エネルギーへの影響を地球全体の規模で観測するために、日欧共同ミッションである地球観測衛星EarthCARE(和名:はくりゅう,注3)が2024年5月下旬に打ち上げられました。EarthCARE衛星は雲・エアロゾル・放射エネルギーを計測するための4つのセンサを搭載し(図1)、雲とエアロゾルの気候影響を解明することを目的としています。

【研究内容】
本研究では、EarthCARE衛星に搭載された4つのセンサ全てを組み合わせて用いることで雲とエアロゾルの鉛直分布がもたらす放射エネルギー収支への影響を算定するための手法の開発と検証を行いました。本研究開発はEarthCARE衛星打上げ前から準備として進められてきたものであるため、雲とエアロゾルに関してEarthCARE衛星と類似の観測情報を提供する米国航空宇宙局(NASA)のA-Train衛星群(注4)のデータを用いて実施されました。具体的には、手法の概要を示す図2にあるように、雲プロファイリングレーダ・大気ライダ・多波長イメージャの3つのセンサから得られる雲とエアロゾルの鉛直分布の情報と気温・気圧・湿度などの気象条件に基づいて放射エネルギーの大気中での伝達過程を計算し、その計算から得られる大気上端での放射エネルギーの大きさを第4のセンサである広帯域放射収支計による実測値と比較することで検証します。また、地球上の限られた地点について、この手法で算定される地表面での放射エネルギーの値を地上観測ネットワークによる実測値とも比較して検証しました。このような検証の例を示した図3によると、大気上端での放射エネルギーフラックスは計算値と実測値との間で全地球的に概ね整合しており、雲とエアロゾルの鉛直分布を考慮した放射エネルギーの算定が大まかには実測値を説明することが示されました。これによって、開発された手法の妥当性と衛星観測データへの適用可能性が定量的に示されましたが、本研究ではさらに放射エネルギー算定における誤差の特性や要因についても調査し、特に氷を含む雲が存在する場合に誤差が大きくなることがわかりました。この知見は今後、EarthCARE衛星の観測から氷を含む雲の性質を推定していく際にも役立てられます。

【今後の予定】
今後は、本研究で開発された手法をEarthCARE衛星から得られる実際の観測データに適用して、雲とエアロゾルの影響を含む地球の放射エネルギー収支を精度良く算定することが目標となります。このために、本研究で開発された手法は宇宙航空研究開発機構(JAXA)におけるEarthCAREデータの解析処理システムに実装されており、同システムから生成されるEarthCARE標準データプロダクトの一つとして、放射エネルギーの算定データが研究コミュニティに公開される計画です。このデータはEarthCARE衛星から生成されるその他のデータプロダクトとともに、同衛星ミッションの目的である雲とエアロゾルの気候影響の解明に資する基礎的な観測情報を社会に広く提供することになります。特にEarthCARE衛星では従来のNASA/A-Train衛星群に比べて、雲プロファイリングレーダのドップラー速度計測機能によって雲粒の鉛直運動の速度が新たに観測されるとともに、大気ライダの性能向上によって雲・エアロゾル粒子の性質がより詳細に把握できるため、本研究手法で算定される放射エネルギー収支を雲の対流現象や雲・エアロゾルの粒子プロセスと関係づけることができ、その観測的知見は数値気候モデリングにも役立てられていきます。


発表雑誌
雑誌名:Atmospheric Measurement Techniques

論文タイトル: Description and validation of the Japanese algorithm for radiative flux and heating rate products with all four EarthCARE instruments: Pre-launch test with A-Train

著者: Akira Yamauchi*, Kentaroh Suzuki, Eiji Oikawa, Miho Sekiguchi, Takashi Nagao, Haruma Ishida

doi: https://doi.org/10.5194/amt-17-6751-2024



用語解説
・注1 エアロゾル:
大気中に浮かぶ塵を意味し、半径が0.01μm程度からμm程度の微粒子のこと。視程の悪化や大気汚染の原因となるものがあるほか、雲粒が生成する際の核としてはたらくものもある。

・注2 放射エネルギー:
地球大気中を伝わる電磁波のエネルギーのことであり、太陽からやってくる光を意味する太陽放射と地球が放出する赤外線を意味する赤外放射の二つに大別される。エネルギーの流れの大きさを表す「フラックス」という量で表現される。

・注3 EarthCARE:
EarthCARE(Earth Cloud, Aerosol and Radiation Explorer)は日本と欧州が共同で進めてきた地球観測衛星ミッションで、雲・エアロゾル・放射エネルギーを同時に計測することによる気候変動予測の精度向上を目的とする。

・注4 A-Train衛星群:
主に米国航空宇宙局(NASA)が打ち上げた地球観測衛星の隊列で、様々なセンサを積んだ複数の異なる人工衛星が短い時間差を持って同じ対象を計測する。A-Trainの名称はA列車にちなむ。


添付資料



図1.EarthCARE衛星の外観イメージと搭載された4つのセンサ。 https://www.satnavi.jaxa.jp/ja/project/earthcare/より転載。©JAXA/ESA/NICT




図2.本研究で開発した放射エネルギー算定手法の概要。人工衛星の軌道(aの黒線)に沿ったエアロゾルと雲の鉛直断面の観測情報(b,c)から放射エネルギーの伝達計算によって大気の加熱率の鉛直分布(d)と太陽放射と赤外放射のエネルギーフラックス(e,fの青点)を算定し、大気上端における放射フラックスの実測値(e,fの橙点)と比較する。(b-f)の横軸は(a)の縦軸に対応した緯度を示し、(b-d)の縦軸は高度 [km] を示す。





図3.大気上端での太陽放射(左)と赤外放射(右)のエネルギーフラックスについて、本研究手法による算定値(縦軸)と衛星観測による実測値(横軸)を比較した相関プロット。色はデータの存在頻度を表し、斜めの直線は一対一の関係を示す。




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関連リンク

大気海洋研究所 研究トピックス(2024年12月24日)