2024年12月25日 国立大学法人東京大学大気海洋研究所 研究トピックスにて
地球表層圏変動研究センター 兵藤 晋教授らが発表を行い、記事が掲載されました。
図1.調査期間前半((a):2020年9月9日)および後半((b):2020年10月1日)の海面高度と調査点。海面高度偏差の大きな黄色で示した海域に、黒潮流軸が位置している。当初北緯30度、東経137度付近にあった黒潮大蛇行が、航海後半に流軸から切離して冷水塊(観測点M4付近を中心とする)を形成した。
図2.除歪対応分析(DCA)による、環境変数(青いベクトル)と各観測点・深度における渦鞭毛藻類群集の相関関係((a)と(b)はそれぞれV4およびV9領域による)。冷水塊(青)および沿岸域(オレンジ)のみ観測点名を付けており、それ以外は黒潮域の観測点。
掲載内容
黒潮が輸送する有毒渦鞭毛藻 ―外洋域における渦鞭毛藻の多様性と生物地理―
成果概要
渦鞭毛藻は、海洋生態系で優占するプランクトンです。時に赤潮を形成して水産業や人間の健康に大きな影響を与えることがあるため、沿岸域で多くの研究が行われてきました。しかし、外洋域における分布や生育環境および生態については不明な点が多く残っています。東京大学大気海洋研究所の齊藤教授らの研究グループは、共同利用研究船「白鳳丸」を用い、黒潮の流れる沖縄から本州南岸の黒潮域において渦鞭毛藻DNAの網羅的解析を行いました。その結果、有毒藻類ブルームを形成する多くの渦鞭毛藻種が、沿岸域よりもむしろ黒潮域に広く分布することを明らかにしました。地球温暖化により黒潮下流域の水温が上昇しているため、黒潮に輸送された渦鞭毛藻が今まで分布していなかった下流域に分布域を広げ、新たな赤潮被害を生じる可能性が懸念されます。そのため、今後も渦鞭毛藻の分布域や赤潮の発生状況の注意深い監視が必要です。
発表内容
【研究の背景】
渦鞭毛藻は、海洋生態系で優占するプランクトンです。多くの種は光合成を行う独立栄養生物(基礎生産者)ですが、光合成色素を失い他の生物を捕食する従属栄養性種や、光合成を行いつつ他の生物も捕食する混合栄養性種も存在するなど、きわめて多様性の高い分類群です。この多様な栄養戦略を持つことにより、海洋の様々な環境に適応しています。渦鞭毛藻の一部は毒を持ち、時に大発生して赤潮を形成して養殖魚の斃死や人間への健康被害を与えるため、沿岸域で多くの研究が行われてきました。しかしながら、沖合域における渦鞭毛藻の分布や生態には不明な点が多く残されています。
日本の南岸を流れる黒潮域は魚類の初期生育場として重要であり、渦鞭毛藻は仔魚の初期餌料として重要です。黒潮は渦鞭毛藻を含む多くの生物を輸送する役割も果たしています。地球温暖化による水温上昇が顕著となる現在、黒潮域のプランクトン分布を明らかにすると共に、水温上昇が有毒渦鞭毛藻の分布や、水産重要種の生産におよぼす影響を明らかにすることが求められています。
齊藤教授らは、2020年10-11月に学術調査船「白鳳丸」(全長100m、総トン数4,073トン)を用いた、黒潮域の海洋物理構造および生物生産の特徴を明らかにするための航海を行い、そのなかで赤潮形成種を含む渦鞭毛藻の多様性、分布およびそれらに影響する環境要因を明らかにしました。
【研究の内容】
沖縄沖の東シナ海および九州から本州南岸の黒潮域において、黒潮流軸および冷水塊を横切る観測ラインを設定し、黒潮流軸よりも沿岸域、黒潮流軸と流軸より沖合の海域(黒潮域)および冷水塊内部に観測点を設けて観測を行いました(図1)。観測期間当初は、紀伊半島南岸に黒潮の大蛇行が見られましたが(図1(a))、観測中に、この蛇行が黒潮から切離され冷水塊を形成する(図1(b))珍しい現象が観測されました。
各観測点で、有光層(注1)の上部、内部、底部、有光層以深に相当する、10, 50, 100, 150mの4層から採水しました。試水から渦鞭毛藻のDNAを抽出し、18S rRNAのV4およびV9領域(注2)を増幅することで、渦鞭毛藻組成を調べました。その結果、V4領域で1,571、V9領域で2,800のASV(注3)が渦鞭毛藻と判別され、30種の浮遊性渦鞭毛藻が同定されました。
各測点のASV組成を除歪対応分析(DCA、注4)により解析すると、黒潮域の渦鞭毛藻群集は表層(10, 50m)と有光層下部(100m)、有光層以深(150m)の3つに大きく分かれました。これに対し沿岸域および黒潮大蛇行が切離して沿岸域の海水が沖合に輸送された冷水塊の群集組成は大きく異なることが明らかになりました(図2)。これらの違いを決定する要因は、黒潮域では水深(照度)であり、黒潮と沿岸群集は、栄養塩濃度でよく説明されました。種多様性は、黒潮域で高く、沿岸域で低い傾向にありました。また、独立栄養種や混合栄養種は、多くが光環境の良い表層に分布しますが、一部の種は有光層下部に分布するなど、独立栄養種においても、好適な光環境・栄養塩環境が異なることが明らかになりました。
今回の研究では15種の赤潮形成種が確認された。いずれも沿岸域で赤潮を形成しますが、興味深いことに、多くの種は黒潮流軸から外洋域に広く分布していることが明らかになりました。このことは、黒潮が赤潮形成種を下流域に輸送する役割を果たしていることを示しています。
【社会的意義】
赤潮を形成する渦鞭毛藻種が、黒潮域外洋域に広く分布することが初めて明らかになりました。このことは、黒潮上流域で発生した赤潮が黒潮に輸送されて下流域にも運ばれることを示しています。日本近海では、地球温暖化の影響で水温が上昇しています。いままで赤潮が形成されなかった黒潮下流域でも、これからの水温上昇や栄養塩環境の変化により、赤潮が形成されるようになることが危惧されます。本研究で用いた渦鞭毛藻のメタバーコーディング解析は、種組成だけではなく、どのような海域が赤潮形成種の好適な生育環境を把握することも可能です。これからは、本手法に加え、海洋物理モデルを用いた渦鞭毛藻の輸送経路把握などにより、赤潮形成種を含む渦鞭毛藻の分布の拡大がないかを注意深くモニタリングすると共に、成長に好適な環境を把握して、赤潮形成種の新たな定着海域を推定すること等が求められています。
発表雑誌
雑誌名:Frontiers in Marine Science
論文タイトル:
Diversity and biogeography of dinoflagellates in the Kuroshio region revealed by 18S rRNA metabarcoding.
著者:
Yubei Wu, Junya Hirai, Fanyu Zhou, Mitsunori Iwataki, Siyu Jiang, Hiroshi Ogawa, Jun Inoue, Susumu Hyodo, Hiroaki Saito*
doi: https://doi.org/10.3389/fmars.2024.1361452
用語解説
・注1 有光層:
植物プランクトンが光合成可能な十分な光が届く層。有光層以深では、光合成によってのみ栄養獲得ができる独立栄養種は生息できない。また、有光層の底部では、光合成により十分な栄養獲得がしづらいため、従属栄養種または混合栄養種が多くなることが推定される。
・注2 18S rRNAのV4およびV9領域:
生体タンパク質合成を行うリボゾームを構成するRNAは、いくつかのサブユニットを持つ。18S rRNAは真核生物の持つ小サブユニットの一つであり、いくつかのV領域に分かれており、本研究ではV4とV9領域を用いた。
・注3 ASV:
遺伝子のアンプリコン配列変異体。マーカー遺伝子のハイスループット分析により復元された単一DNA配列で、遺伝的に異なる分類群に相当する。
・注4 除歪対応分析 (DCA):
多変量統計解析手法のひとつで、生態学では群集構造等に基づく採集地点の2次元マッピングとクラスタリング、および影響する環境要因の影響に使われることが多い。
添付資料
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関連リンク
・大気海洋研究所 研究トピックス(2024年12月25日)