沿岸
-外洋移行帯の資源保全と持続的利用のための統合的研究の推進-

略称

「沿岸外洋帯移行帯の統合的研究」

 

内容

1. 日本のEEZと沿岸 - 外洋移行帯

海洋国である日本の排他的経済水域 (EEZ)は広大(面積で世界第6位)で、生物生産性(漁業生産同6位、 2011 年度水産白書)、生物多様性が高い (真核生物種数第2位、Costello et al. 2010)こと、さらには風力や海潮流等、自然エネルギーが豊富であることが知られています(図1)。

図1.日本周辺の海面水温 (ひまわり 8 号)と日本 EEZ (黒線)。

この高い生産性・多様性・エネルギーを支える大きな要因の1つが、沿岸-外洋移行帯の存在です。日本の EEZ 内には、河川と複雑な海岸地形により各地に固有の沿岸域が存在する一方、沖合は黒潮や親潮、対馬暖流、宗谷暖流といった特徴的な海流が流れています。沿岸と沖合の間には、環境の勾配が大きい「沿岸-外洋移行帯」が形成されており、物質交換と生物生産、生物多様性のホットスポットになっています。

2. 沿岸と外洋のはざまで:移行帯の研究と利用枠組みの必要性

日本の沿岸-外洋移行帯は、その重要性にも関わらず、研究と利用方策、いずれの面でも十分に検討されてきたとは言えません。研究面での理由としては、沿岸と外洋の空間規模や時間スケール、物質分布、生物相等が大きく異なるために、同じ1つの海であるにも関わらず沿岸と外洋の研究が別々に行われてきたことが挙げられます(図2)。

図2. 口陸沖における沿岸〜移行帯〜沖合の各海域。海面の色調はクロロフィルa 濃度。

一方、海域の利用方策は、ごく沿岸域に活動主体別に航路、占有許可や漁業権の区画が設定されているのみで、移行帯を含む EEZのほとんどの海域には利用のための枠組みが確立されていません。本プロジェクトでは、研究と利用方策の両面において、自然科学・社会科学両面からのこれまで乖離していた沿岸と外洋をシームレスにつなぎ、物質交換・生物生産・生物多様性のホットスポットである沿岸-外洋移行帯の総合的な課題開発を推進します。

3. 自然科学側からのアプローチ

沿岸-外洋移行帯の調査・研究を実施する上で最も大きなハードルであったのは、空間規模の違いです。空間規模の大きい外洋域で沿岸並みの解像度の観測や数値実験をするには、技術的問題やコストの点で難しい点が存在していました。しかし、最近のシミュレーション技術、観測機器の発達、新しい地球観測衛星の打ち上げ、環境 DNA や画像解析手法のブレークスルーにより、移行帯を含む沿岸〜外洋域をシームレスに調べる技術的環境が整ってきました(図3)。

図 3. 自然科学側からのアプローチ

本プロジェクトでは、大気海洋研究所と協力部局・機関の総力を結集し、高解像度数値実験、現場観測、衛星データ解析、生物資源、多様性解析、さらにはこれらをつなぐ統合的データ解析を実施します。

4. 社会科学側からのアプローチ

社会科学側からは、公共政策大学院と大気海洋研究所が連携し、最近まで東京大学海洋アライアンスで取り組んできた海域の利用方策に関する知見を生かし、拡張していきます(図4)。

図 4. 社会科学側からのアプローチ

2017 年に海洋アライアンスが発表した「 海洋利用に関する合意形成に係るガイドライン 」 (https://www.oa.u-tokyo.ac.jp/news/2018/01/005047.html)をベースに、自然科学の調査・研究と連携して、不確定性のある自然科学的知見を取り込む枠組みについて検討します。また、適当なフィールドを選定して、複数の利用方策の実態に関する事例研究、枠組みの実効性評価と分析を行う予定です。

5. 生態系に基づく海洋空間計画導入のための提言

海洋空間計画 (marine spatial planning)は、海洋における人間の社会・経済的活動に対して、海域の利用を時間的・空間的に割り当てる過程として定義されています (http://msp.ioc-unesco.org/about/msp-at-unesco/)。持続可能な開発目標(SDGs)の目標 14(海洋資源の持続的利用と保全)実現のために UNESCO の政府間海洋学委員会(IOC)が推進しており、2018 年時点で世界 65 カ国が導入しているものの、日本では未導入です。本プロジェクトでは、沿岸-外洋移行帯を対象とした自然科学・社会科学両面からのアプローチにより、日本 EEZ への海洋空間計画導入のための提言をまとめることを目的としています(図5)。

図 5. 海洋空間計画の概念図 (adopted from a cover illustration by by Emanuela D’Antoni for FAO, 2016: Marine spatial planning for enhanced fisheries and aquaculture sustainability Its application in the Near East)

6. 波及効果

本プロジェクトにより、物質交換・生物生産・生物多様性のホットスポットである沿岸-外洋移行帯の理解が進展するだけでなく、東京大学ビジョン2020 への貢献を含め、多くの波及効果が期待されます(図6)。

図 6. 本プロジェクトによる波及効果

海洋空間計画は、持続可能な開発目標(SDGs)の目標 14(海洋資源の持続的利用と保全)推進そのものであるとも言え、日本 EEZ内の資源管理と持続的な利用(目標14.2)や海域の保全 (目標14.5)に直結します。また本プロジェクトでは、自然科学・社会科学取り組みで得られる学術成果を技術移転する計画ですが、これは国連海洋法条約に謳われる「海洋技術の発展及び移転の促進」に叶うものであり、国際社会への貢献でもあります。国連は「持続的な開発のための海洋科学の10年」(国連海洋科学の10年)(https://en.unesco.org/ocean-decade)を 2021 年から開始することを決議しており、日本において本プロジェクトの成果が活用されることが期待されます。

 

問い合わせ先

東京大学大気海洋研究所 地球表層圏変動研究センター 伊藤 幸彦

E-mail:itohsach◎aori.u-tokyo.ac.jp(◎を@に変えてお送り下さい)